御館の乱の舞台、春日山城跡へ。
御館公園の特徴
上杉景勝と景虎が争った御館の乱の舞台です。
新潟県上越市五智に位置する歴史ある公園です。
戦国ファンに人気の公園ですが、周辺は静かな住宅地です。
遺構は何も無いです。石碑のみが御館があったことをものがったてます。
2024年8月の夕方に訪問遺構もなく普通の公園ですが、春日山城跡との距離感がつかめて楽しいです来て良かったです🌟埋蔵センターに御館の乱を時系列で解説した図があるよ!パッと見、直江津駅から線路沿いに真っ直ぐかな……と思いきやですよ!大通りに出たら向こうに渡るのに信号まで結構歩く!電車の時間が差し迫ってる方は要注意です⏱️ちなみに…公園には誰もいなかった。駅から公園までで4~5人しか会わなかったのどかな町ですよ!👍️、
市内にある公園です。脇に石碑や看板があります。自動車の駐車場はパッと見た限り見当たりませんでした。
「御館の乱」で上杉景虎が立て籠り打ち破られた館。北条氏康の子とはいえ七男で扱いは粗雑、シキタリで幼くしてすぐ仏門に出され、おそらくは衆道(男色)の相手をさせられ、大きくなったら武田との人質要員、上杉への見るからに前途多難な養子に出され、やはり後継者争いに巻き込まれ、北条家でも上杉家でも居場所のないまま最後も家臣の裏切りにあい自害。享年27。現在は公園となり遺構は影も形もなく案内板があるだけです。戦国時代の末子の悲しみを凝縮したような上杉景虎こと北条三郎の生涯、今も確たる墓すら残っていないという彼を偲ぶには相応しい姿の遺構と申せるのかもしれません。
それといった痕跡がない小さな普通の公園。
トイレと水場有り。
景勝と影虎が争った御館の乱の舞台となったばしょです。公園には関東管領上杉憲政の顕彰碑と史跡碑が建っています。公園のすこし南、線路際から春日山城が眺められます。
上杉家凋落の要因となった御館の乱の舞台。今はただの公園。
2001年頃、初めて御館を探したとき、この住宅地の中の公園がまさか古戦場だとは思わず、周辺を探し回ってしまった。手に持っている地図が間違っているのではないかと思った。それほど、閑静な住宅地の中の、平凡な公園になっている。現在では、探し回った当時より、少しだけ記念碑が増えたようだ。
| 名前 |
御館公園 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
025-526-5111 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.1 |
| 住所 |
|
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昔、上杉憲政の邸宅があった場所だと言われてますが、今では石碑が公園の片隅に設置されているだけで、それ以外は申し訳程度の遊具の他は、雑草まみれの広場のみです。