唐沢山の極彩色彫刻と驚き。
露垂根神社の特徴
唐沢山の登山口に位置する露垂根神社はアクセスが便利です。
本殿の極彩色の彫刻は訪れる価値があります。
鳥居の近くには唐沢山ポケットパークがあり便利です。
唐沢山登山口にある露垂根(つゆしね)神社は、平安時代中期の天慶5年(942年)に年藤原秀郷による唐沢山城築城の際に「大炊の井」の守り神として安芸国厳島大明神を勧請して唐沢山山頂に造営され、代々の城主に崇敬された神社だそうで、佐野城への移転・唐沢山城の閉城があった頃の戦国時代末期の慶長元年(1596年)に山麓の今の場所に遷座したそうです。現在の唐沢山神社は藤原秀郷を祀って、明治16年(1883年)の創建だそうです。露垂根神社はひっそりとしていましたが元祖の唐沢山神社なんですね。
唐澤神社に行く途中に発見し寄らせてもらいました。とても良かったです。たまたま居た女性がここから歩いて登ると気持ちいいですよと言われたが、聞いたら1時間以上と、、諦めて車で登りました。😓
山頂にある唐沢山神社のご先祖的な存在。元々は唐沢山城の水場を守る神として安芸の厳島から勸請したとある。このため社殿は小さいながら立派。一軒の価値あり。
道路に鳥居があったのでポケットパークに自転車を停めて神社に行ってみました。露垂根(つゆしね)神社です天慶五年(九四二)藤原秀郷唐沢山城築城に際し大炊の井の守り神として、安芸国厳島大明神を唐沢山上に勧請。以後代々城主が崇敬し数度再建修復された。大永年間に笠松山中腹に奉移し、数度の修復再建を経て慶長元年(一五九六)城主佐野信吉の時現在の地に遷座した。唐沢山城破却後も多くの尊崇を集め、寛永十二年(一六三五)徳川家光の折この地方を収めた井伊直孝が再建立した。寛保三年(一七四三)氏子一同で拝殿を建立し露垂根大明神として崇拝した。明治の神仏分離令により明治五年露垂根神社と改称し村社に加えられた。明治四十一年氏子一同で茅葺屋根の拝殿を瓦葺に改修し、大正八年指定村社に列せられる。平成元年四月御大典記念として上富士町・下富士町氏子一同の奉賛により整備事業を行う。本殿の東・北・西の三壁に大変珍しい「竹林の七賢」の彫り物がありました。
鳥居横に唐沢山ポケットパークかまあり、トイレ、駐車場が近くにありたすかります。
露垂根神社の桜です。
露垂根神社の裏山です。
唐沢神社に行ったらよってみては。
唐澤山の登山口にあります。藤原秀郷が勧請したと伝えられています。文政、嘉永時代の常夜灯があります。
| 名前 |
露垂根神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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唐沢山登山口名前が面白い つゆしねじんじゃ市杵島姫命を主祭神としています何かご利益がありますように。