藩境の歴史、金ケ崎町で体感。
金ヶ崎城跡の特徴
伊達氏と南部氏の藩境に位置する歴史的な要害です。
伊達氏一族の大町氏が明治まで治めた貴重な遺産です。
藩の境としての役割を担った堅固な城跡が見どころです。
2026.4.12の訪問。金ケ崎城跡の案内板には「平安時代の802年に坂上田村麻呂が蝦夷征伐時に築いたと言われている」と書かれています。江戸時代に金ケ崎城は金ケ崎要害として仙台藩の防御の場所になりました。
伊達氏と南部氏の藩境の要害として、伊達氏の桑折氏・留守氏が治めた後、伊達氏一族の大町氏が入り明治まで治めたようです。近隣は武家の家跡などが多く残されております。北上川の浸食で、二ノ丸の一部と土塁しか残されておりません。また、すぐ近くに民家も多いので気をつけて散策してください。
藩の境の要害として城があったとのことです。伊達氏の方なんですね。
| 名前 |
金ヶ崎城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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まちなみ交流館前のトイレ横(54WC+GV 金ケ崎町)に駐車しました。そこから案内にそって民家の脇を進んで行くと、説明板のある曲輪につきます。そこから遊歩道にそって谷を越えた先の公園も城域のようです。公園の手前に堀のような場所がありますが、遺構かどうかは分かりません。