西奈彌神社の静寂な魅力。
西奈彌神社の特徴
西奈彌神社は村上市瀬波浜町に位置し、神社の荘厳さが際立っています。
独特な雰囲気が漂う境内で、心を落ち着けることができます。
参拝者に人気のある御守りが多彩で選びごたえがあります。
私も初めて参拝する神社⛩️だったのですが駐車場が分かりにくく間違って隣のお寺に駐車しました。😅西奈彌神社の鳥居の横、付近に4台くらいの駐車スペースが有ります。西奈彌神社は縁結びでも知られています。西奈彌神社には3人のミコトがいます。奈津比売命ナツヒメノミコトこの地方を開拓した神様と伝えられています。倉稲魂命ウガノミタマノミコト月読命ツキヨミノミコト月を司る神様で出羽の羽黒山から勧請されました。
| 名前 |
西奈彌神社 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
2.5 |
| 住所 |
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西奈彌神社(せなみじんじゃ)。新潟県村上市瀬波浜町。式内社(小)、旧村社。【祭神】保食神資料によると、創祀年代は不詳。瀬波河三面川下流は、鮭漁により平安の昔から遠く都にも知られていた。その頃、御祭神である気比大神は、敦賀から五臣を供に下向した。背の方からの波で、この地に到着して、「よき背の波かま」と言った。この地を背波と呼んで、当地に根付き、興産民生の礎を築いた。西奈彌の語源である。気比大神であれば、氣比神宮の伊奢沙別命。ただし、当地では保食神とも。また、異説として、高志の利波臣の祖である日子刺肩別命、あるいは月夜見尊という説もある。当地では永く氣比宮(けひぐう)・氣比大明神(けひだいみょうじん)と呼ばれていた。明治以降は古来の呼び名である現社号に統一された。昔の瀬波湊は、室町時代以降は三津七湊の土崎湊(秋田湊)から今町湊(直江津)への経由地だった。また、江戸時代以降は北前船の寄港地として越後村上藩の海上の玄関口だった。現在の浜町の海岸沿いの丘陵の上には、江戸時代に設置された方角石が残されている。村上藩はここに「沖ノ口番所」と呼ばれる番所を設け、港に出入りする船の確認、積荷の検査、税の徴収などを行っていた。当社の境内に、境内社の祠がある。稲荷社・高良社・菅原社だと考えられている。なお、式内社「西奈彌神社」の論社は他に、先述した羽黒町の西奈彌羽黒神社がある。また、当社の境外摂社に、三面川対岸の多岐神社がある。とあります。