7世紀の円墳、春の桜が彩る。
桜塚古墳の特徴
幼稚園の横に位置する小ぶりな古墳が魅力的です。
古墳の上には大木と石碑、ベンチが整っています。
春には見事な桜が楽しめる穴場スポットです。
鶴辺団地の一角に静かに佇む、7世紀頃の円墳です。高崎市の指定史跡になっています。 かつて墳丘の上に大きな桜の木があったことから「桜塚」と呼ばれたそうで、なんとも風情のある名前です。「片岡郡誌」によれば、かつてはこの周辺に「四十八塚」と呼ばれるほど多くの古墳が点在していたとのことです。団地造成時には大量の土器片も出土したそうで、この台地一帯が古くから人々の生活の拠点だった歴史の深さを感じます。現在は住宅街の中にひっそりと残る貴重な史跡ですが、かつての桜の大樹や多くの古墳があった風景に思いを馳せながら散策すると、非常に感慨深いものがあります。
山の斜面に造成された大規模な団地の外れにある。つまり、たまたま、造成を免れたラッキーな円墳。かつて、この辺には古墳がたくさんあったらしいが、開発の波に呑み込まれ、残っているのはわずかとか…。案内板あり、🅿️はなし。ケヤキの巨木や、サクラの大木や、風化か進んだ板碑が、墳丘を賑やかしている。
幼稚園の横にある小ぶりな古墳ですが古墳の上には大木と石碑とベンチがあり、雰囲気が良いです。
春になると見事な桜を見せてくれます。
余程の古墳マニアでなければわざわざ行く程の所ではない。
幼稚園脇にひっそりとある円墳です。
| 名前 |
桜塚古墳 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
027-321-1292 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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