甲を着た古墳人の謎、金井東裏遺跡。
金井東裏遺跡の特徴
上信道高架下に位置する、古墳時代後期の貴重な遺跡です。
榛名山の北東にあり、古代の製鉄に関わる歴史的な場所です。
発掘された甲を着た古墳人が、昔の人々の生活を感じさせます。
道路の高架下になってしまったがかつてここに人々の暮らしがあり、二ツ岳の噴火で亡くなった村人の事を思うと何とも言えない気持ちになった。今も周りは住宅地なので遺跡に眠る方たちをお祈り申し上げた。
今回の前橋滞在はこの『金井東裏遺跡』(かないひがしうらいせき)訪問をきっかけに企画した旅でした。群馬県立歴史博物館を見学した際に金井東裏遺跡についての展示を見て、是非現地を訪問したいとずっと考えていました。現地は一見すれば高速道路の高架下の空き地に過ぎませんが、実は!実は!凄いものが埋まっていた場所。わくわくドキドキしてその上を歩いてきました。以下、Geminiによる解説です。金井東裏遺跡は群馬県渋川市金井に位置する古墳時代(6世紀初頭)の集落遺跡です。榛名山(はるなさん)の噴火によって流れ出た火砕流(かさいりゅう)や火山灰(Hr-FA層)に一瞬で埋没し、当時の様子が良好に保存されていたことで知られます。最も注目を集めたのは、「甲(よろい)を着た古墳人」の発見です。鉄製の甲を装着した40代とみられる男性の人骨が、膝立ちの姿勢でうつ伏せに倒れた状態で出土しました。このほか、首飾りをつけた女性など4人の人骨が火砕流の犠牲者として発見されています。また、鹿角(ろっかく)を用いた骨製(こつせい)の小札甲(こざねよろい)や、馬具、祭祀(さいし)に使われた大量の土器など、当時の社会や朝鮮半島との交流を示す貴重な遺物が出土しました。これらの出土品は国の重要文化財に指定されています。遺跡は、古墳時代の2度の榛名山噴火による噴出物(Hr-FA層とHr-FP層、合わせて2m以上)に埋もれており、特に6世紀初頭の火砕流が大きな被害をもたらしました。遺跡の発掘調査により、火山災害に見舞われた古墳時代の人々の暮らしや、当時の集落の様子が具体的に明らかになりました。遺物の一部は、群馬県立歴史博物館や群馬県埋蔵文化財調査センター発掘情報館などで展示されています。金井東裏遺跡の出土品のうち、特に重要な発見である「甲を着た古墳人」とそのほかの人骨について、詳しくご説明します。金井東裏遺跡では、古墳時代(6世紀初頭)の榛名山噴火による火砕流(Hr-FA)に巻き込まれ、当時の姿のまま保存されていた4体の人骨が発見されました。1. 「甲を着た古墳人」人物像: 40代と推定される男性。地域の有力者または武人とみられています。出土状況: 鉄製の小札甲(こざねよろい)を着用し、膝立ちの姿勢から前に倒れ、うつ伏せになった状態で発見されました。これが人が甲を装着した状態で出土した全国初の事例として大きな注目を集めました。甲の特長: 鉄の小札(こざね)に加え、鹿角(ろっかく)を用いた珍しい骨製の小札が使われており、朝鮮半島との交流を示す貴重な資料です。2. 「首飾りの古墳人」30代と推定される女性の人骨で、首の周りからガラス玉の首飾りが発見されました。3. その他上記の2体のほかに、乳児の頭骨と別の一体の人骨が出土しており、集落の人々が突発的な火山災害に遭い、命を落とした悲劇的な状況を伝えています。これらの人骨とともに出土した甲や武具、祭祀具など合計1,801点は、6世紀初頭の古墳時代社会の一端を明らかにするものとして、国の重要文化財に指定されています。
甲を着た古墳人が見つかった遺跡です。現在は完全に埋め戻されていて、大きな説明看板と発掘場所を示す看板が所々にあります。北側に駐車場がありました。甲を着た古墳人、首飾りの古墳人、乳児の古墳人、幼児の古墳人、十代の古墳人、勾玉の古墳人の6人の被災者が見つかっています。古墳人の足跡、鹿角製小札、100点以上の赤玉、祭祀遺構、古墳も2基見つかっています。2020/10には甲を着た古墳人のレプリカ展示は以下にありました。・群馬県立歴史博物館・群馬県埋蔵文化財調査センター 発掘情報館・渋川市埋蔵文化財センター。
とても凄い遺跡です。ですが、案内の看板と、どこからどんな物が発掘されたかを示す小さな看板しかありません。発掘は全て終わり、ただの空き地といった様子です。駐車する空き地は隣にあります。今後、大々的な公園か博物館を建てる様な話です。それまではそっとしておいて、案内板を読んで想像するに留めて置きましょう。
看板くらいしかありません。今回で3回目の訪問ですが、少しづつ整備されてきつつあると感じています。一回目は場所がわからず近辺をグルグル回りようやく辿り着いた場所には案内板1枚が草ボウボウの中に立っていただけでした。少しづつ整備をしていただける事を期待し、来年また訪れようと思っています。
名にし負う甲を着た古墳人が発見された現場で、上信道の下に広がっている。案内板を読み返しながら、草ボーボーの空き地を眺めて、そこここに立っている標識を目の前にして、しきりに感慨に浸る…。
上信道高架下にある。遺跡近くは道も整備されているが、住宅地に入らないといけない。アプローチは県道と上信道が交差する南側の信号のある交差点から入るのが、道幅も1.3車線ほどあり無難。県道でさらに渋川寄りの児童公園ある信号のない脇道を入る所もあり、真っ直ぐ現地に着けるが道幅は1台分で狭い。現地は草地に説明看板がいくつか立てられているだけ。今後の整備に期待。
遺跡としては埋め戻されて何もないです。でも、火山と人と物の位置の確認が出来ます。道が狭いので車で行くなら気をつけて。
この付近は榛名山の麓で当時火山噴火は度々あったのだろう。この辺は馬の生産地で牧場であったと思われる。偶然工事で武人が鎧兜を身に着けて火山灰に埋もれていたのがリアルに発見された。想像では武人は火山噴火を止める祭祀の為、ギリギリまで祭祀を続けていたが噴火に巻き込まれたのだろう。噴火により、当時の状況がそのまま埋もれていて古代の様子が知れる。
| 名前 |
金井東裏遺跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0279-52-2511 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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6世紀の古墳時代に榛名山の噴火により被害を受けた人骨が出土した場所です。現地は埋め戻され広場のような場所に解説板と出土した場所に看板が建っているのみです。もう少し見せられる状況になっていると良いのですが…