沼田城跡の石垣で歴史散歩。
沼田城 西櫓台跡石垣の特徴
江戸時代からの石垣が見られる貴重な場所です。
発掘調査で見つかった西櫓台跡は必見です。
ツツジに囲まれた散歩に最適な場所です。
二重櫓があったとされる。出土した瓦から真田氏時代のものと考えられる。今は石垣と石段御殿桜があるのみ。
ここ沼田城跡の数少ない見所の一つ、だが、現在は立入禁止になってるで2022.12.10現在。注意しなーよー。というわけで石垣は勿論眺める事は可能ではあるが若干の消化不良感は否めない。
🐈野良行脚シリーズ🐈ショーンがしたくて奥へ立入禁止が悲しげにゃ♪
若干残る石垣、維持保存、ご苦労様です!
石垣が残ってるじゃああーりませんかーヽ(*´▽)ノ♪5月の沼田はツツジでいっぱーい♪散歩がいい気分o(*⌒―⌒*)o
江戸時代からの石垣が残っています。
沼田城の一番の見所。
発掘調査によって発見された西櫓台跡の石組みの階段です。出土した瓦などから、真田時代のものであると推測されています。
| 名前 |
沼田城 西櫓台跡石垣 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0278-23-7565 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
http://www.city.numata.gunma.jp/kyouiku/bunkazai/ichiran/shi/1000876.html |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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天文元年(1532)頃に沼田顕泰によって築かれた沼田(倉内)城は、上杉・武田(真田)・北条氏などの有力大名の狭間にあり、その属城として幾多の変遷をたどってきたが、天正十八年(1590)の北条氏滅亡以降は正式に真田氏の所有する城となった。真田昌幸の嫡男 信幸は、初代城主として城郭の大改修を手がけ、慶長年間(1591~1614)には五重の天守をはじめ各種櫓や門などを建造して近世城郭として整備を行った。しかし、天和元年(1681)に真田氏が改易になると城は壊された。その後、本多・黒田・土岐氏と城主は代わり明治を迎えたが、城の本格的な復興はなされなかった。発掘調査により発見されたこの石垣や石段は、西櫓台に伴うものであり、出土した瓦などから真田氏時代の遺構と考えられる。5代城主信利(宿澄)の改易により、翌年城は跡形もなく破却されたと云われていたが、壊されずに地中に埋められていた部分が、300年以上を経て再び往時の姿を現わしたのである。