富山丸の慰霊と平和を祈る。
富山丸供養塔の特徴
富山丸供養塔は歴史的な慰霊の場です。
沈没した富山丸に乗船者の慰霊を行う場所です。
平和祈念と勇敢な救護活動の功績を称える場です。
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母の祖父の慰霊にもなりました。
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| 名前 |
富山丸供養塔 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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奄美大島近海で米軍の潜水艦や航空機の攻撃で沈没した「富山丸」などの艦船に乗船していた人々の慰霊と平和祈念、「富山丸」遭難の際に救護活動などに尽力した人々の功績を伝える供養塔です。輸送船「富山丸」は、主に独立混成第四十四、四十五旅団の将兵を沖縄に増援派遣するため、宇品(広島)から門司(福岡)・鹿児島を経由して昭和19年6月28日に古仁屋に寄港しました。翌29日朝に古仁屋港を出港して那覇に向かう途中、徳之島の北東において米軍の潜水艦の魚雷攻撃をうけ沈没しました。碑文によると、3,763名の将兵と75名の船員が戦死。古仁屋の住民たちは船を出して救援に向かい、生き残った乗船者の救助や看護に尽力したそうです。