宝暦の歴史、今ここに。
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| 名前 |
多宝塔跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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令和4年 11月26日京都🌿🍂🍁の旅安祥寺多宝塔跡戦国の兵火に焼かれた多宝塔は、時を経て宝暦9年(1759)に漸く今に礎石の残るこの地に再建されました。総高7丈5尺(約23m)、2丈4尺5寸(約8m)四面の二重宝塔で、塔内には安祥寺開創時に上寺伽藍の礼仏堂本尊であった五智如来坐像(国宝・京都国立博物館寄託)が祀られていました。明治39年11月8日の火災により多宝塔は焼失し、塔内安置の像高1丈6尺の多聞天像(伝弘法大師作、明治23年の全国宝物取調で「美術上要用なるものなり」との監査状あり)も同時に焼失しましたが、五智如来坐像はその時既に博物館に寄託されており難を逃れました。