福をもたらす大黒石、圧巻の巨石体験!
大黒石の特徴
ヘソ投げ石の由来が面白く、訪れる価値があります。
道路を塞ぐ大きな岩が圧巻で迫力があります。
小銭や小石を投げる願掛けの伝説が残る不思議な場所です。
道を塞ぐように突如現れる巨石昔々の戦でこの石を転がして敵を薙ぎ倒したと言う、マユツバもんの言い伝えがあるそうです。
どのような位置から落としたのでしょうね。石の下を掘削し斜面にして逆落としさせたのか、人数を揃え人力でもって押出したのか想像を掻き立てます。巨石のくぼみ(へそ)に三度連続で小石を投げ一つでも入ると幸せがあると案内板にあります。弾かれてしまうので難しいですね。
笠間城見学に合わせて訪れました。「へそに小石を三度続けて投げそのうち一つでも入れば、幸せがあると伝えられています」と書いてます。「他の石を落とすとダメ」っぽい説もあるようです。
福をもたらしたふくろの型をしたこの石を「大黒石」佐白山の山頂にはかって笠間城があり、江戸期には笠間藩の藩庁があった。この城の起源を遡ると、初代笠間氏によって鎌倉時代前期には既に館が築かれていたとされる。さらに城が築かれる以前には、この山頂一帯には正福寺という広大な寺院があった。正福寺は、七会にあった徳蔵寺とたびたび勢力争いをしていた。ある時、徳蔵寺の僧兵達は不意をついて正福寺を攻め立て、佐白山の中腹あたりまで兵を押し進めていた。あと少しで正福寺を落とせるという時、いきなり山頂付近にあった巨石が揺れ出すと、徳蔵寺の僧兵に向かって転がり落ちた(一説によると、正福寺側の僧兵が落としたともされる)。この石に押し潰される者、はね飛ばされる者が多数でて、徳蔵寺側は逃げて行き、正福寺は難を逃れた。この時に転がった巨石がこの大黒石である。
正福寺VS徳蔵寺 真言宗の僧兵が勢力争いをしていた時、正福寺を危機から助けてくれた巨大な石との事です。💦 すぐ近くに正福寺の千人留跡地や百坊跡地があるので、興味のある方は是非。(◔‿◔)
道の端にある大きな石。いや岩。柵やがないので注意が必要だ。この伝承が事実なら今もこの下に人がいるということになる。【看板の内容】---------------------------大黒石鎌倉時代の初め、佐白山の僧兵と、七会の徳蔵寺の僧兵が その勢力を争って戦った。佐白山の僧兵は戦いに敗れて佐白 山頂近くまで逃げのび、山上にあった大黒石をころがした。徳蔵寺の僧兵は、ころげ落ちる大黒石の下じきになり多く の死者が出たため、佐白山の僧兵は、あやうく難をのがれる ことができた。大黒石は、そのときここまでころげ落ちて止 まったといわれています。この大黒石の中ほどに小穴があり 大黒のおへそといわれ、このへそに小石を三度つづけて投げ そのうち一つでも入れば、幸せがあると伝えられています。環境庁・茨城県観光物産課----------------------------------------(環境庁→現、環境省)
鎌倉時代、佐白山(さしろさん)には三白山正福寺がありました。北の山の徳蔵寺の僧兵が笠間へ攻め込んできました。正福寺の僧兵は、佐白山山頂に追いつめられました。その時、いただき近くにあった大きな石が転がりだし、せめ登って来た徳蔵寺勢が石の下じきになりました。あやういところでこの石のおかげで徳蔵寺勢をしりぞけことができました後にふくろの形をしたこの石を、「大黒石」とよぶようになりました。大黒石の中ほどに小さなくぼみがあります。「大黒石のおへそ」と言います。後の世になって、福をもたらす大黒石にちなんで、へそあなに小石を三度つづけて入れると幸せになるという話が伝えられました。
【2024年11月17日】びっくりした。道の真ん中にこんなにでっかい石が置いてあるとは。想像だにしなかった。【2025年11月14日】再訪問。やっぱりびっくりする。立て札によると鎌倉時代からある石のようだ。すごい。岩は消えたりしないのだろうけど、歴史を感じる。
あまり期待せずに行きましたが由来もおもしろくヘソ投げ石は楽しかったです(笑)
| 名前 |
大黒石 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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形が七福神の「大黒様(大黒天)」が持っている大きな袋、あるいは大黒様の後ろ姿に似ていることから、古くから「大黒石」と呼ばれ、五穀豊穣や財運の縁起物として信仰されてきました。佐白山麓公園には城主を祀る治功神社があり、境内(聖徳殿)には大黒天が祀られていますが、山の中にあるこの「大黒石」は、自然が作り出した天然の大黒様として、古くから修験者や地元の領民たちに拝まれてきた歴史を持っています。