水戸黄門の巨大像、威厳の一瞬!
徳川光圀公の像の特徴
茨城県水戸市千波町に立つ巨大な徳川光圀公の銅像です。
水戸観光の目印として、多くのイベントが開催される公園として人気です。
水戸黄門の魅力を感じる、迫力ある銅像が特徴的なスポットです。
水戸のスーパースターと言えば光圀公でしょう。
水戸と言えば水戸黄門ドラマに似せてるのか本人に似せてるのか。
✳️天下の副将軍として威厳のある銅像が千波湖を見つめています。
この銅像がある場所は、茨城県水戸市千波町という地区にあります。徳川光圀は何をした人かといいますと、水戸藩第2藩主。水戸藩主となって以来、殉死の禁止、笠原水道の開設、貧民の救済と新興などなどの善政を行い、藩内外から名君と仰がれていました。また、朝廷を尊び幕府を助けるともに、巨船快風丸による蝦夷地探検など藩政を超えた事業も手がけました。また、光圀は『ラーメンを日本で初めて食べた人』として有名ですが、チーズも最初に食べたと言われています。鶏肉を使った餃子。クコの実や松の実など薬効のある植物も入っていて、梅肉とハチミツで味付けされています。
徳川 光圀(とくがわ みつくに)日本の歴史上で最初に光圀が食べたとされるもの→餃子、チーズ、牛乳酒、黒豆納豆がある。
黄門様は、何を見たかったのか?何を見たのか?…思いを巡らせながら、千波湖を歩いてみるのも心地よい季節!
水戸黄門には興味がないが水戸観光時に発見したのでパシャリ。
水戸黄門の像は水戸市内至るところにあるけれども、これはいちばんでかい。
さすがは天下の水戸黄門。1番目立つ場所に設置されています。斉昭公が可哀想かな?因みに助さん格さんはいませんよ。(^○^)
| 名前 |
徳川光圀公の像 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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徳川光圀公の像は、水戸駅の西2.3kmほどの茨城県水戸市千波町の千波湖畔に整備された千波公園(せんばこうえん)に中に建立されています。昭和44年(1969年)に開催された水戸市制施行80周年「水戸の七夕・黄門まつり」の一環として、地元の有志による寄付で設置されました。同年8月4日より、東野英治郎主演の国民的時代劇「水戸黄門」のテレビ放送(第1部)が開始され、全国的に水戸黄門への関心が高まった時期でした。徳川光圀(とくがわ みつくに:1628〜1701年)は、水戸藩2代藩主です。テレビ時代劇の「水戸黄門」として広く親しまれていますが、史実では優れた政治家・学者として、幕藩体制の確立と文化の発展に多大な功績を残しました。光圀の最大の偉業は、日本最大の修史事業である『大日本史』の編纂を開始したことです。この事業のために明の亡命僧・東皐心越や朱舜水らを招き、二の丸に「彰考館」を設置し、客観的な記述に基づき天皇を尊ぶ「尊王」の思想は、後に「水戸学」として幕末の志士たちに多大な影響を与えました。光圀は領民を愛する名君でもありました。全国に先駆けて「一村一社」の原則を掲げ、不必要な寺社を整理する一方で、由緒ある神社(水戸八幡宮や吉田神社など)を再興・整備しました。また、領内の上下水道整備や、大規模な検地(土地調査)を行い、藩財政の基盤を整えました。好奇心旺盛な人物としても知られ、日本で初めて餃子やチーズ、ラーメンを食べた人物といわれています。また、各地の遺跡を調査し、日本最古の石碑「那須国造碑」を保護するなど、文化財保護の先駆者でもありました。元禄3年(1690年)に隠居し、常陸太田の西山荘で晩年を過ごしましたが、その高い知性と民への慈しみは、現代の水戸の街づくりにも深く根付いています。