奇跡の一本石垣、戌亥櫓の魅力。
戌亥櫓の特徴
地震の影響で奇跡の一本石垣として知られる、貴重な建物です。
戌亥櫓は熊本城西出丸北西隅に位置しており、歴史的な価値を持っています。
3階建ての壮大な櫓から、当時の防御の意図が伝わります。
2018年12月訪問出丸の北西角にそびえる3階建ての櫓当時、熊本地震の際、石垣が崩落しながらも、隅石1本だけで建物を支え続けた姿から、「奇跡の一本石垣」の一つとして注目を集めた櫓訪問の際は修復中であった。
石垣の石が整列して置かれていました。崩れないような対策でしょうか、石垣自体も処理がされていました。
| 名前 |
戌亥櫓 |
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| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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熊本城の西出丸北西隅に位置する「戌亥櫓」は、北西の方角を守るために築かれた三重櫓です。「戌亥」とは十二支を方角に当てはめた呼び方で、北西を意味します。明治時代に取り壊されましたが、加藤・細川期の古絵図や発掘調査などを基に、熊本市の復元整備事業によって平成15年(2003)に木造復元されました。伝統的な木造工法と本瓦葺きの屋根を備え、往時の城郭景観を再現した建物です。戌亥櫓が広く知られるきっかけとなったのが、平成28年(2016)の熊本地震でした。強い揺れによって櫓台の石垣が大きく崩落し、櫓の下部を支える石垣の大半が失われた一方、角部の石垣が残り、建物を支えているように見える姿が注目を集めました。石垣の隅に積まれた石材が、まるで一本の柱のように櫓を支えているように見えたことから、「一本石垣」として話題になったのです。この角部の構造を理解するうえで重要なのが「算木積み(さんぎづみ)」です。石垣の角に、長方形の石材を長辺と短辺が交互になるように組み合わせて積み上げる技法で、角部を強固に築くために用いられました。熊本城の石垣を特徴づける高度な築石技術の一つですが、戌亥櫓で角部が残った理由を算木積みだけに求めることはできません。地盤や石垣全体の形状、地震による力の伝わり方なども関係するため、崩落した石垣と残った角部を対比することで、その構造を考える手掛かりが得られます。なお、同じ熊本地震で「奇跡の一本石垣」として注目された飯田丸五階櫓も、戌亥櫓とは別の建物です。飯田丸五階櫓は本丸南西隅に位置し、石垣の一部が崩落するなかで隅石が櫓を支える姿が話題になりました。一方、戌亥櫓は西出丸の北西端にあり、城の西側から北西側にかけての防御を担った櫓です。二つの櫓を区別して見ると、熊本城の各所で石垣が異なる被害を受けたことも分かります。地震後、戌亥櫓は安全確保と文化財としての保存を目的に解体保存が進められ、令和5年(2023)には崩落した石材の回収も行われました。復旧では、建物の部材や石材を調査し、元の位置や構造を確認しながら修復を進める必要があります。平成15年に史料や調査成果を基に木造復元された櫓だからこそ、建物の構造を記録し、部材を保存して復旧へつなげることにも大きな意味があります。戌亥櫓は、熊本城の北西を守った櫓であると同時に、伝統工法による木造復元と、熊本地震からの復旧を伝える存在です。かつて櫓を支えた石垣の角部や崩落した石材に目を向ければ、石垣を築いた技術と、被災した文化財を後世へ引き継ぐための取り組みを考えることができます。