和銅7年の祈り、疫病を鎮める。
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| 名前 |
上有所観音 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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和銅7年(西暦714年)疫病が猛威を振るい多くの死者が出たため、時の国司道君主名(みちのきみのおびとな)が疫病の厄を鎮めるため、火を焚き7日7夜の祈願・祈祷を行ったといわれます。その結果、忽ち疫病の災いが治まったため神徳の尊さを崇敬し、ここに出雲大社を雛形とした神社を造営、大願成就を祝祭し、背後に聳える山に熊野宮を勧請、熊野岳と命名したといわれます。後にこの地に観音堂が建てられ、今日まで手厚く祀られてきました。この故事は永く人々の間で語り継がれ、天子宮の火祭りとして今日まで残されています。