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明治時代にラムネやサイダーなどの清涼飲料水業で繁栄を極めた富安家。その成功の証として築かれた大邸宅と日本庭園を活かして昭和六十一年(1986)「白柳荘」は開業した。時代は流れ建物はモダンな現代建築に変わったが、庭園は明治時代の面影を今によく残している。掘割と池の水を循環する形式は柳川に残された他の庭園群と共通する形式。池の後ろの築山を背景として庭全体は上段と下段に分かれており、上下の2つの池を鑓水が結んでいる。柳川市の道路拡張事業が行われたときホテル敷地が削られ、やむなく下池の半分を埋立てフロントとレストラン棟を新築、それにともない掘割からの取水ルートも変更となり水の流れも変わった。そのため上池は空池となり二つの池を結ぶ遣水に水の流れも無くなった。しかし水を失った庭の上段部は枯山水の趣を呈し、新たな美しい庭園景観を有するに至っている。その結果としてこの庭園は本来の池泉回遊式庭園から、室内より眺めることに重きを置く鑑賞式庭園に性格を変えた感がある。レストランの広いテラスから庭園に降りる階段の上に長く枝をさし伸ばす「門被りのマキ」は、ここに滞在する客人たちへの最高のもてなしとなっている。レストランの総ガラス張り窓の外に力強く枝を伸ばすマキの姿は、白柳荘に滞在する客人たちの旅をドラマチックに演出してくれる。現在の庭園面積は約400平方メートルで当初よりやや小さくなったが、柳川における個人の庭園としては旧藩主・立花家の庭園「松濤園」に次ぐ規模を誇る。庭の中心に据えられ存在感を示す大型の利久型灯籠をはじめ、庭内各所に十五基の石灯籠が配されている。庭の背景にはアラカシ・ヒノキ・スギ・イヌマキ・イチョウ・クスノキなどの高木が屏風のごとく立ち並んで後景をなし、手前に植栽された主役のマツやモミジを引き立てている。近年は野生の藤が彩を加えていたが、勢いを増し既存の植栽を侵食してきた為、已む無く伐採されたとは女将の談である。客室棟のほぼ真ん中辺りに巨大な沓脱石と思しき石が置かれており、その前の客室からは一番目立つ石灯篭や富士石を眺められます。旧来の客室から眺める庭園もむろん素晴らしいが、新たにリノベーションされた客室では窓枠の額縁に切り取られた庭園美が洗練された和モダンのインテリアと見事に調和し秀逸である。特に一階の「藤」がお勧めです。2022/05/18(令和四年五月十八日)