国宝・経蔵の魅力、ぜひ拝観を!
臨済宗 安国寺の特徴
日本最古の回転式八角輪蔵があり、経蔵は必見です。
1408年に建立された国宝の歴史を感じることができます。
予約制で丁寧に説明してくれるので、訪問が待ち遠しいです。
真冬に気の向くまま飛騨を彷徨いお寺を再訪。もちろん人影もまばら。禅宗様の経蔵はいつ見ても格好いい。「高山市北方の国府にある臨済宗の寺で山麓にあり、もとの名は少林寺と伝え、南禅寺第二世規庵祖円(1261-1313)の法嗣、瑞岩禅師により開かれた。一方、足利尊氏と直義は夢窓疎石(1275-1351)の勧めにより元弘以来の天下大乱の戦死者の霊を弔うために、各国に一寺を建立し、康永四年(1345)に光厳上皇により安国寺の寺号が定められた。当寺はその一つで飛騨国(長野県)の安国寺であり、文安二年(1445)に諸山となり、宝徳元年(1449)に十刹になった(『飛州志』)」(『国宝大事典 5』講談社、1985)。
国道41号線を走っていると「国宝安国寺」との標識が。ん?国宝?見間違い?こんな所に国宝なんて有ったっけ?と半信半疑ながら寄ってみる事に。実は自分の住む県には建造物での国宝がなんと一つも無く、一種の憧れも有るのです。ところが到着してみても、そんな華やぎが全く感じられず観光客は自分以外に一組のみ。それでも確かに有りました!国宝ではお馴染み、日立の火気厳禁の立て看板が。ところが国宝である経蔵の入口には柵が有り入れません。何やら拝観には事前予約が必要との事。それでも国宝たる風格は、下から眺めるだけでも十分感じられる佇まいです。この経蔵、二階建てに見えて実は一階部分は単なる周りを囲ったハリボテだそう。中身の一間四方が建物本体だとの珍しさ。大正期の解体修理時に建立年代が確認され、日本最古の経蔵と判明された様です。飛騨唯一の国宝は、確かに国宝に相応しい寺社でした。
内部の拝観には、前日までの予約が必要ですが、お寺の方の説明や、日本最古の経蔵が回転するのを見れたりと、おすすめです。
高山を訪問したら、飛騨国分寺、千光寺、そしてここ安国寺の三ヵ寺は外せません!安国寺は、夢窓疎石(国師)の勧めにより南北朝対立による死者を弔う為に、全国に造立されたお寺さんです。例えば広島の安国寺(不動院)は、安国寺恵瓊で有名です。また今は存在していませんが、京都の安国寺は一休さんで有名でした。飛騨安国寺は、戦国期に武田氏の侵攻の際、戦火によりほとんどが焼失しましたが、運良く伽藍の一つ経蔵のみが災禍を免れ、現代まで残り国宝に指定されています。因みに、岐阜には多治見の永保寺に2つのお堂が国宝として現存しています。興味のある方は、こちらもオススメです。経蔵の外観だけなら簡単に見られますが、内部も拝観することをオススメします。住職の話しや説明も楽しい。30分ほどですが、アッという間に終わってしまいました。拝観希望には予約が必要なので、1日前には電話して下さい。ただしコロナ禍の為、拝観中止の場合も有るようです。
国宝の経蔵である。安国寺までは結構な坂道となる。駐車場が目の前にあるので車での訪問が良い。
2021年11月 前日までの予約があれば拝観可能。対面で説明してくださるそうです。
10月上旬の段階で緊急事態宣言解除されたのでお伺いしましたが、まだ拝観は休止してました。
足利尊氏ゆかりの岐阜県唯一の国宝です。1347年建立。尊氏ファンはぜひ訪ねてください。
足利尊氏が南北朝時代に、後醍醐天皇をはじめとする戦没者の慰霊のために、各国に建てられた寺院で、ここはその一つ。国宝の経蔵を見学に行ってみましたが、予約が必要で中には入れませんでした。令和五年一月再訪経蔵を見学したくて予約して行きました。お堂の中に鎮座する経蔵の姿は圧巻で、長い年月がその姿により迫力を与えていました。住職の話では五千ほどの経典が所蔵されていたそうですが、昔は今よりもその文化財的な価値が低かったようで、旅の僧侶が借りてそのまま返却されなかったり、近所の子どもたちが立ち入って勝手に持ち出したりして二千程まで減ってしまったという話でした。経典を所蔵している蔵は、チベット密教のマニ車を巨大化したような造りで、その立ち姿はそれだけでも見る人を圧倒するものでした。安国寺に行かれる方は、ぜひ予約して見学したください。
| 名前 |
臨済宗 安国寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0577-72-2173 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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足利尊氏が夢窓疎石の勧めにより元弘以来の天下大乱の戦死者を弔うために、各国各地に建立した一つで飛騨国の安国寺がこちらになります。経蔵が国宝で内部に回転式八角形の輪蔵を備えています。事前予約で経蔵内部へも入れるようですが知らなかったので外観のみでした。簡潔な造りで力強い建物でしたがどうもバランスが悪く感じました。当初は外回りに低い縁が付き、内部は裳階に床が設けられていたようです。機会があれば、内部へも見学してみたいものです。2026年7月。