江馬氏の居城で絶景登城!
高原諏訪城跡の特徴
高原諏訪城跡は江馬氏の本城で、歴史的価値が高い遺跡です。
標高620mの絶景ポイントからは神岡の街を見下ろせます。
中世武家館の特徴が見られる貴重な史跡として訪れる価値があります。
麓の圓城寺の裏にある登山口から約50分位の山道を登りました。道中には小さな可愛いい石仏が幾つも祀られており、そちらと道を示す標識、道中の枝や幹に目印のピンクや青のリボンを頼りにして行きます。いくつか分かれ道も有りましたが目印と踏みしめられた山道をトレースすれば問題なく登れます。麓からでなくとも、途中まで車で行けば、すぐのとこに堀切や少し上がれば曲輪にたどり着けるのでそちらもお勧めです。天気もよく城跡からの景色は当時の江馬氏が眺めた景色かと想うとワクワクしますね!
登城口はカーブにありトラックなど意外と交通量が多いため、少し離れた東側の退避所に駐車しました。道路脇からいきなり城跡で、三重の堀切となります。入ってすぐ、カモシカと遭遇しました。肉眼で見たのは4回目で初めて撮影できました。視線があったまま全然逃げず、5分位佇んでいました。一度谷間があり、東側の曲輪を横目に登ると本丸に至ります。本丸からは眼下に神岡の町並、江馬氏庭園が望め、西には支城の傘松城跡のほうが見られます。本丸南側はあまり整備されていませんが、堀切が2箇所距離を空けて見られました。
高原郷を領した江馬氏の本城とされる。飛騨の覇権を巡り三木氏と争ったが敗北、落城した。麓にある江馬氏下館の学芸員?の方より登城口を教えて頂けた。主郭を中心に遺構が多く残っている。その他の遺構は藪か道路により寸断されている。熊出没注意⚠
高原諏訪城跡(国指定史跡江馬氏城館跡)高原諏訪城跡は江馬氏の居館および城跡群の一つで、中世武家館の様相を窺い知ることのできる遺跡であるとして昭和55年に国の史跡に指定されています。城跡は下館の背後にある城山(標高620m比高160m)に築かれた山城で土塁と堀によって造られています。城跡へは江馬氏下館から主郭まで徒歩約25分。主郭には案内板と石碑があり眺望は神岡町を見渡せます。【歴史】築城者及び築城時期は不明。天正10年(1582年)の八日町の戦いで落城している。【アクセス】江馬氏下館跡に駐車場があります。登城口はそこからすぐの円城寺にあります。#お城 #城跡 #城 #山城 #城巡り#岐阜県 #飛騨市 #神岡 #高原諏訪城#高原諏訪城跡。
神岡の街が一望できる素晴らしいところ!円城寺横から登れて、登り40分、下り30分です。
江馬氏の居城の様です。
麓の江馬家跡の後に登ってください。6つの内の一つの出城だとわかります。狼煙で敵が来たのを江馬家に連絡したようです。
先人の口コミ写真に感謝!某PCゲームデフォの城巡りグーグルマップでは道の途中迄しか案内されずで、先人の口コミ頼りにもう少しクネクネ道を登ると、右手に見た事の有る風景が!軽1台で一杯な所に車を置かさせて貰い散策。 意外と単純に奥へ進んで行ける。結構人が入っていそうで(特に今の時期昆虫採集に売ってつけっぽい)、蜘蛛の巣攻撃は無くすんなり本丸跡ヘ。今は近くに道路が通っていますが、昔は急峻な山だった事が伺われます。帰り道違う方向ヘ行こうとしたら、車の場所に戻ってしまった...
標高620m、比高約170mですぐ横に車道が通っている。ちょこっと広いとこあるけどダンプの通る山道に駐車できるかは自己責任(^o^;主郭まで登城道が整備されてて登りやすいけど、遺構がチョイ破壊気味(T^T)草をかき分けて隅々まで散策すると戦国山城の防御が尾根にタップリ♪(^o^ゞ腰曲輪までの切岸が高~い♪堀切がデッカ~イ♪と書くとキリがない。南尾根の遺構まで見るとたっぷり時間がかかるうれしい山城でしたよん♪
| 名前 |
高原諏訪城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0577-73-7496 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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高原諏訪城は江馬氏の詰城である。平時は麓の下館に居住していた。高原諏訪城は下館の南東尾根沿いに展開している。高原諏訪城は比高170m程度あり、麓から徒歩で登ることもできるが、登城口まで車で上ると便利である。登城口には一台駐車が可能である。高原諏訪城は登城口から主郭までは整備されている。二重堀切、堀切、竪堀、切岸などの防御遺構が確認できる。主郭には城址碑が建っている。主郭からは神岡の街が見渡せ、居館である下館もよく見える。主郭から先にも城域は広がっているが、そこからはかなりの藪漕ぎが必要となるため断念した。高原諏訪城跡は周辺の下館跡、傘松城跡、政元城跡、石神城跡、土城跡、寺林城跡、洞城跡とともに江馬氏城館跡として国の史跡に指定されている。この中でも高原諏訪城は本城的位置づけで最も規模が大きかった。江馬氏は室町時代から北飛騨地方を治めていた国人領主である。戦国時代末期に南飛騨を治めていた国人領主三木氏(姉小路氏)と飛騨の領有をかけた決戦を行った(八日町の戦い)が敗れ高原諏訪城も落城し廃城となった。