長崎街道の宿場町気分。
山家宿西構口並びに土塀の特徴
九州の文化を体験できる貴重な史跡です。
街道の宿場町の名残りが楽しめる独特な雰囲気。
長崎街道山家宿の西構口に歴史を感じる場所です。
長崎街道山家宿の西構口です。桐山丹波の碑や原采蘋の碑があります。山家宿は、江戸時代の宿場の遺構がいくつか遺っている貴重な場所です。江戸時代は長崎から北九州に向かうと冷水峠の麓の宿場です。ここで、一泊して冷水峠に向かいました。また、近くには、日田街道が分かれる追分や博多に向かう追分があり、交通の要衝でした。周りの山々には、往き来を監視する砦や城があったそうで、戦国時代にも重要な場所だったようです。長崎からの街道は砂糖や象が運ばれた場所でもあります。また、勤皇の志士たちが通った場所でもあります。往時を偲びながら散策するといいですよ。こちらにも、山家駅にも観光案内板があります。
| 名前 |
山家宿西構口並びに土塀 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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街道の宿場町の名残りがある場所でした。案内板には以下のように詳しく書かれていました。----------「構口」とは、宿場の境界に設けられた出入口のことで、土塀の端をL字状に屈折させた機造が特徴です。土塀は、石垣の上に幅50~60cm、高さ約30cmの四角い粘土を4〜5段積み、表面を漆喰で仕上げ、その上に瓦を葺いています。山家宿の構口を含む北側士塀と南側土塀は、県内で現存する唯一のものであり、福岡県の史跡に指定されています。山家宿は、長崎街道に設置された筑前六宿の一つで、「山家宿の恵比寿石像」背面に彫られた銘文によると、慶長16年(1611) に初代代官の桐山丹波守によりつくられたと伝わります。参勤交代の大名行列や、外国から幕府へ献上される象などが通り、文物の往来で賑わいました。