安芸国虎公の墓所で歴史探訪。
安芸国虎墓の特徴
長宗我部元親の最大のライバル、安芸国虎公の墓所があります。
安藝家の墓所も併設されており、歴史を感じる場所です。
墓地には美しい景色が広がり、訪れる価値があります。
長宗我部元親の最大のライバル、安芸国虎公とその一族の墓所があります。ここまでは細い道が続きますがお寺の前には車を何台か停められるスペースがありました。
国虎さんのお墓だけでなく、安藝家の墓所でした。おじいさんのお墓がちっちゃい😁
| 名前 |
安芸国虎墓 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
https://www.city.aki.kochi.jp/rekimin/rekisi/akisi/akisi.html |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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この安芸国虎(あきくにとら)の墓がある場所は高知県安芸市西浜という地区にある浄貞寺というお寺の中にあります。高知県の安芸国虎と長宗我部元親は、激しいライバルでした。土佐統一を目指す長宗我部元親に、土佐東部を支配する安芸国虎は対立を深め、抗争を繰り返しました。具体的な説明。⦿対立の始まり長宗我部元親が本山氏を攻めた際に、国虎が元親の本拠地である岡豊城を攻撃したことが両者の対立を決定的にしました。⦿激しい抗争永禄12年(1569年)には、長宗我部元親が安芸城を攻撃し、安芸軍は、八流(やながれ)で守りを固めましたが、長宗我部軍の奇策により、総崩れとなり、安芸城に籠城することになりました。⦿安芸国虎の死籠城は24日間続きましたが、境内に内通者が出て、井戸に毒を盛られたため、安芸国虎は、一子を逃がし、夫人を実家に送り返した後、自刃しました。このように安芸国虎と長宗我部元親は土佐統一を巡る激しいライバル関係であり、最終的に安芸国虎は長宗我部元親に敗れて亡くなりました。