イチョウの美しさと宝池の神秘。
辛島泉神社の特徴
辛島交差点を右折後すぐに、鎮座する神社です。
社殿の奥地には、伝説の桜池が存在します。
入口のイチョウは、訪れる人々の目を楽しませます。
R10で辛島交差点を右折するとすぐ右側に神社は鎮座している。神社の説明は掲示してある。宇佐神宮の行幸会の一社。交差点傍の右側の脇道の左側に石灯籠、鳥居は置かれており参道には石灯籠群、手水石、狛犬となり正面に瓦葺唐破風屋根の向拝の御社が鎮座している。境内には多くの奉納品と歴史的な施設が多くある。
1972年3月22日 宇佐の文化(創刊号)宇佐の地名 より辛島からしま宇佐市大字辛島は和銅のころ八幡大神御発現の際、祝職(はふりしょく)として神につかえた辛島勝乙目や養老のころ大隅日向(おおすみひゅうが)の賊軍征伐に従軍した女禰宜(ねぎ)辛島勝波豆来米が住んだところと伝えられ、この姓が地名となったものと考えられる。宇佐十郷の一つである辛島郷や辛島赤蜂が開いたという辛島たんぼ、又は八幡摂社酒井泉社をまもりこの地を領していた辛島並時の居城辛島城趾など多くの伝説や遺跡が残されています。
宿の前にあったので、車を停めたまま参拝できた。当社に駐車場はないし、10号線脇にあって交通量は多く、一般の参拝は案外難しいかも。社殿横にある堀池のようなのが「宝池」といい、御神体の泉。「天平宝字3年(763)、社殿の傍らの霊泉で酒を造って八幡神に献じ、その残滴を地に注いだところ、泉になって湧き出たという伝説から、この場所に池を掘ったのが起源であろう。それ以来、昭和の終わり頃まで約1200年間湧き出し続け、名水として、また水田の灌漑水として永く広く利用されてきたが、平成の初め頃(1990)市の下水道工事で泉の水脈が切断され、湧出量が減少してしまった。」よくある氏神さまか鎮守さまにしか見えない当社が、実は宝池やら隠れキリシタンの偽装灯籠やら鐘楼跡やら、なんか変わったものを伝える上に、宇佐神宮の行幸会八社の一であるという。地名からして「辛島」ということは、辛嶋氏の本拠であったのか。宇佐神宮に関する、辛嶋氏伝承では、八幡神は、欽明天皇の御代、宇佐郡辛国宇豆高島(稲積山?)に天降り、大和国の膽吹嶺に移り、紀伊名草海島、吉備神島と渡って、宇佐郡馬城嶺に現われ、乙咩社、 当社泉社、 瀬社、 鷹居社、 小山田社、現社地へと移ったとする。乙咩社は海岸側の下乙女に、瀬社は10号線沿いの駅館川左岸に坐すので、当社は通り道になる。
| 名前 |
辛島泉神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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2025年 12月参拝入口のイチョウが とても綺麗コンパクトな境内です昔、酒造際に、残った残滴を まくと泉が湧いた…との諸説があり社殿奧地に 宝池があります❗御朱印を戴きに来ました❗こちらは、櫻岡神社さま兼務されていますそちらで 書いて下さいます駐車場は、ありません。