昭和三十四年の通水碑で歴史を感じる。
通水碑の特徴
昭和三十四年に建立された歴史ある通水碑です。
水不足解消の重要な役割を果たした記念碑が魅力です。
直方市下境に位置する、地域の歴史を感じるスポットです。
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昭和三十四年、直方下境に建立された通水碑。
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| 名前 |
通水碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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水不足がダムがつくられたことで解消されたことを記念する碑です。記念碑の裏側には、びっしりと文字が刻まれています。その文字を以下に引用します。刻まれている文字は読みにくくなっているので一部誤っている可能性はあります。”五風十雨は望むべく求め難いが常である下境地区裏田大谷方面の水田は当地の水量少い爲僅かの旱天にて忽ち水源涸渇の状態におかれて居たのであるが先年内ヶ磯大貯水池建設の完了せらるゝや是を好機として県市当局に或は他地区に折衝し折に分水路をつくり其の水を添田石量高山田の当池に導入することを得た是に依つて地区内水田と安泰を得られる□□□□□□の□修に依り営□立□地域の水田化□予約されることを想えば当分水路□□す地区民の幸福と発展に及ぼす影響は極めて大なるものがある依って茲に碑を建て後の世の識とする昭和三十四年九月廿四日 須賀神社宮司”この内容をざっくりと要約してみると以下のようになります。”下境地区の「裏田大谷」という場所は、よく水不足になっていた。そこで、内ヶ磯大貯水池を完成させ、県市当局や他の地区と協力して分水路を作り、水を導入することに成功した。これにより、地域の水田化が進み、地区民の幸福と発展に大きな影響を与えた。この出来事を後世に伝えるために碑が建てられた。”