霧島へ向かうふらっと寄り道。
南方神社の特徴
霧島方面へ行く途中、立ち寄れる絶好のスポットです。
近くの建御名方神社も合わせて訪問可能な場所です。
自然に囲まれた静けさが魅力の神社です。
霧島へ向かう途中、近くの建御名方でも参ろうとふらっと立寄ってみました。南方神社は熊本南部から宮崎県西部、鹿児島県北部にかけて集中したくさん見かけます。グーグルマップで確認してください。諏訪神社は九州にもたくさんあります。長野の諏訪大社に御柱祭(おんばしらさい)という木の柱を引っ張り運ぶ有名なお祀りがあります。この御柱祭はむかし、男の子を柱に縛り神主が刃物で斬りつけ神に捧げる儀式を行うところに、馬に乗ってきた他の神主が引き止めるというもの。これと同じような儀式が聖書に書かれています、アブラハムがイサクを生贄に出すというお話です。アブラハムは子どものイサクを生贄に捧げようとすると天使が降りてきて止めるというもの。この生贄の儀式が長野で行われてましたいつまで行なわれていたかは不明ですが、男の子の生贄を中止し代わりに鹿の頭を代用しました。長野で鹿と言えば真田幸村の兜の鹿の角が有名ですね🐈で。聖書では生贄を行う場所をモリヤと言うそうです。諏訪大社の御神体は裏手にある山となっていますが、この山の名前が守谷山(もりや)というのは出来過ぎ🐈諏訪信仰は原始キリスト教諏訪神社の主祭神は建御名方です南方神社のご祭神は建御名方です建御名方は大国主の子で初代神武天皇(2人いる神武天皇のうちの南側のほう)の東征の際に徹底的に抗った軍神。最後は両腕をもがれ諏訪に幽閉されます。その建御名方の名前を持つ神社が九州の南部にこれだけ祀られるという事実はここに建御名方が居て素戔嗚系、大国主の勢力がここまであったということと考えられますね。🐈僕は九州南部にこれだけの南方神社が存在する事から、建御名方はここで産まれ、育ちあとから入植して来た神武天皇との戦いに追い込まれ敗れたと考えています🐈建御名方は武甕槌に敗れますが武甕槌を祀る神社ももちろん近くに存在します。諏訪神社はよく見かけますが建御名方のお名前をとった南方神社というのが残るということはそうなんだと考えられずにはいられないのです🐈
| 名前 |
南方神社 |
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| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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令和6年12月14日参拝無人社御朱印あり(書置き)祭神:事代主命、大雷命、建御名方命、高窓命、大山祇命旧社格:村社応永十年(1403年)島津義弘の創建と伝えられる神社。