今治藩の歴史を感じる。
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| 名前 |
今治藩境石(従是西 今治領) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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「従是西今治領」これより西は今治藩の領地である。「今治の道しるべと句碑」という本によれば、元は100メートル程東の遍路道の国分と桜井の境にあったそうです。遍路道と言うと、ここから50メートル程南に川が流れてて、その川沿いかなと思います。遍路石もありますし。しかし 古地図の越智郡地誌付の村々の境界を見ると、こちらの藩境石からだと桜井の境までは300メートルくらい離れてます。なので本の記載通りの距離で100メートルくらいだと旦の境になりそうな感じです。ちょうど川沿いの橋の近くのお地蔵さんがある辺りですかね。このお地蔵さんから、東に200メートルくらい行った場所(特に何もない)が、国分と桜井の境目だったようです。もう少しく詳しく言うと、東村鳥越線という丘陵地横にまっすぐな坂が降りてきてると思いますが、あの坂の降りきった所(156線とぶつかる所)から、その延長線上に川とぶつかるラインまでが国分と桜井の境目のようです。詳しくは、オンラインで見える越智郡地誌付を見てみて下さい。昔は、国分は今治領、桜井や旦は松山領だったようです。