種山石工の眼鏡橋、歴史を感じる。
門口眼鏡橋の特徴
肥後の著名な石工・種山による傑作です。
幕末時代に架けられた歴史的な文化財です。
橋本眼鏡橋との接続が特徴的な眼鏡橋です。
今だに現役なのが凄いです。鹿児島の"五つの石橋"も凄かったですが(増水で流されるまで貨物も普通に渡っていて、現役でした)公園に移動して役目を終わっています。仕事でたまたま通ったのですが、やっぱり癒されますね。文字通り石を組んだけの石橋が現代の使用に耐えるなんて、日本の技術力は素晴らしい。時期で言えば幕末黒船来航、フランス革命、産業革命、海外で工場が出来始めた頃激動の近代化ですね。
芦北町指定文化財門口眼鏡橋昭和59年3月20日 指定この橋は橋本眼鏡橋と同じく幕末に田浦手永の会所と檜前家(庄屋)の菩提寺(空寂院)に通じる眼鏡橋として 架けられたもので、肥後の著名な石工として知られる種山(現在の八代市東陽町) の石工が中心となって作ったものと考え られている。種山石工の中には、岩永三五郎や橋本 勘五郎等の名工がおり、代表的な作品 として通潤橋(山都町)や西田橋(鹿児島) 二重橋(東京)などがある。形状【長さ】 九、七メートル【高さ】三、九メートル【径間】八、〇メートル【幅】三、六メートル平成26年6月設置芦北町教育委員会。
種山石工の眼鏡橋。今でも車が通る生活道路として現役です。
| 名前 |
門口眼鏡橋 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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