桃の木台に今も息づく井山城の歴史。
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| 名前 |
井山城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
1.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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阪南市HP記事を引用加筆井山城は、現在の桃の木台周辺に南北朝時代に築かれた山城で、関西国際空港建設の土砂採取により消滅しました。昭和62年の発掘調査では、曲輪や堀切、礎石建物跡などの遺構と、14~15世紀の陶器類が見つかっています。急峻な地形を利用した臨時的な戦時の城で、和泉国防衛の重要拠点でした。城の守備を担ったのは淡輪氏で、当初は北朝方として活動していました。しかし観応の擾乱で、当主・淡輪助重は南朝方へ転じ、一族内で北朝・南朝に分かれて争う状況となります。1350年には助重が井山城を攻撃し、その後の記録が途絶えることから、この頃に落城したと考えられています。その後は室町幕府を築いた足利氏が勢力を強め、1392年に南北朝が統一されて、長く続いた南北朝の動乱は終結しました。