長良川の美しき灯台、歴史を感じる散歩道。
上有知湊・川湊灯台の特徴
かつて長良川の物流拠点として栄えた上有知湊は風情があります。
美濃橋近くに位置し、歴史ある灯台を楽しめるスポットです。
美しい長良川を見ながら散歩できる絶好のロケーションです。
【・Avoiding crowds】Avoid the mid-day and afternoon hours on weekends when groups exploring the Nagara River walking trails and nearby historic parks gather around the lighthouse.【・Photo Tips】Crouch low near the base of the stone foundation and angle upward to capture the towering wooden lighthouse structure, the detailed shingle roofing, and the wide blue sky in one powerful frame.【・Best Season】May to June when the fresh green trees provide a vibrant backdrop to the dark wooden lighthouse, or mid-to-late November for a deeply nostalgic autumn atmosphere.−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−【・混雑回避】週末の日中から午後にかけては、長良川沿いの散策路や周辺の歴史公園を巡るグループ・観光客が灯台周辺に集まるため混雑を回避。【・写真のコツ】石垣の土台近くから少ししゃがんで見上げるように構えると、そびえ立つ重厚な木造灯台のフォルム、風情ある板葺きの屋根、そして広がる青空がワンフレームに収まり、迫力と歴史情緒が際立つ写真が撮れる。【・ベストシーズン】青々とした木々の緑が歴史ある渋い木造の建物に見事に映える5月〜6月の新緑期、または周囲の景色が穏やかに色づき、川湊のノスタルジックな情緒が一段と深まる11月中旬〜下旬。
見に行けば歴史を知れるが、車で行くなら狭いのでオススメはしない。近くに神社?の駐車場があるので参拝ついでに行くなら いいかと。
川の灯台は珍しいと思います。川の水質は、以前より綺麗になっていました。対岸の河原はいつも混雑していますが、こちら側は空いています。駐車場が無いので小倉公園に停めるというのも良いです。
上有知湊(こうずちみなと)は江戸時代の長良川水運物流の要所として栄えた川湊。美濃国四大川湊だそうで、長良川の美しい流れに調和した見事な史蹟です。石畳も綺麗に遺り、川湊の当時の繁栄が窺えました。川湊の付近に駐車場は無いので散策をお勧めします。
火野正平さんのこころ旅で長良川の上有知湊が放映された。以前に近くのうだつの上がる美濃加治屋の町並みを訪れた折に、この灯台を知った。 " 人生下り坂 " 好き者の彼は、長良川の激流を見て " 下りはエエのになぁ~ " って…俺らもワン子もそう思う!
風情あります。長良川、灯台、美濃橋、山と役者が揃い景色を作っている。
美濃橋の次いでに寄ると良いよ。細い路地をそのまま来れば到着。狭いので車ではすれ違えないと思う。紅葉が植えてあるので染まる時期が良いと思う。今はちと早かったのじゃ( ;∀;)雰囲気が良いから美濃橋とセットで。左に灯台、右に鳥居、奥に橋バッチリじゃろ〜
長良川が観え綺麗な場所です。徒歩は問題ないのですが、駐車スペースが近くにないのが困るかな。
2022年5月GWに初めて行きました。江戸時代から明治時代(1911年)の岐阜市内に鉄道が開通するまで、番船40艘。美濃和紙、荏胡麻、生糸、酒ほかの輸送基地として、上流から運ばれる木材運搬の中継基地として、美濃国4大川湊(岐阜・大垣・笠松・上有知)に数えられるなど水運物流の要所として栄えたそうです。現在は船着場跡の石畳、住吉型川湊灯台(かわみなととうだい)が残っており、岐阜県の指定文化財に灯台は江戸時代末期に建造→上有知湊の守護神である住吉神社の献灯を兼ねた高さ9mの住吉灯台→大阪の住吉神社の灯台を模したもの。→現存する数少ない川湊灯台として貴重な存在当日は天候にも恵まれましたが、観光客少なく、ゆっくり美しい灯台、石畳、長良川を眺めることができ、大変満足できました。
| 名前 |
上有知湊・川湊灯台 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
わかりやすく上有知湊の歴史と感想を(こうづちみなと)●歴史●江戸から明治にかけて長良川の水運拠点として栄えた川湊上流(郡上)と下流(岐阜)を結んでいました・1602年金森長近(かなもり ながちか)により開設船40隻が置かれ、美濃和紙・米・木材などの物資を運搬※長近は信長→秀吉→家康と三英傑に仕えた戦国大名で、越前大野城・高山城の築城者です・1911年電車が開通船から電車・陸運へシフトしたことで湊としての役目を終える●感想●どれほどの人の往来があったのだろう、と当時の人と物の流れを想像させられる場所でした(結構たのしい)40隻もの船が停泊する風景はどんな感じで船はどの程度の大きさだったのでしょうか近くの公衆トイレ前に駐車スペースありました。