厳しい林道を越えた先に、心の平和が待つ。
坂本少佐慰霊碑の特徴
厳しい林道の先にある特別な場所です。
坂本少佐へ心を込めてお祈りできる場所です。
平和を感謝し、新しい発見ができる岩場です。
最後のアプローチは車ですれ違うのも厳しい林道ですのでお気を付けてくださいね。少し手前の廃屋の辺りにギリギリ車を停められました。
今の平和と国の為に殉じた坂本少佐へお祈りに行ってきました。ピースしてますが、この前にお祈りしたので許して下さいm(_ _)m道は狭く未舗装の山道が2km程続きます。ラフェスタで行きましたが離合は厳しいかと…。対向車がいなくて良かったです。軽が良いと思います。また飛び石や飛び木で車の下に傷が…(T_T)しかし、国に殉じた方の慰霊なので仕方ありません。子供にも有名な方々、以外でもこのように国の為に尽くした方がたくさんいる事と今の平和の尊さを教えれて良かったです。
私の名前"幹彦"は死んだ祖父(1902年生)がつけてくれました。祖父は小長井駅まで鹿島から墜落現場を見に行ったと生前言っておりました。その時に感銘を受けて孫の私に少佐と同じ名前をつけたようです。何かの縁を感じずにはおられません。
国道からかなり遠い。夜に行くのは絶対にオススメしない。しっかり慰霊の気持ちを持ち小長井町のB29搭乗員鎮魂碑も一緒に見に行くことをオススメします。以下説明昭和19年11月21日、B-29 61機が、大村第21海軍工廠に来襲し、大村の352海軍航空隊から零戦43機、雷電16機が発進しました。坂本中尉は、第2小隊長として零戦9機を率いてB-29に攻撃、B-29の編隊外端機に上方から体当たりを敢行。敵機は錐揉み状態となり諫早市小長井町沖に墜落するとともに、坂本機は体当たりと同時に飛散した、と伝えられています。坂本中尉は佐賀県東松浦郡相知町出身。海兵71期生、2階級特進し少佐に昇任、戦死時年齢は22歳。B29搭乗員については、11名の搭乗員について生存者はありませんでした。慰霊碑は、平成4年荒川氏(元陸軍大尉)、犬尾氏により遺体発見場所に設立。翌年、荒川氏の働き掛けで、B-29の墜落地である馬渡氏(旧陸軍に在籍)の所有地に鎮魂碑を馬渡氏が設置しました。また、小長井町に隣接する佐賀県太良町油津もB29搭乗員の遺体が漂着しており、碑が設立されています。
| 名前 |
坂本少佐慰霊碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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最後のアプローチは車ですれ違うのも厳しい林道ですのでお気を付けてくださいね。少し手前の廃屋の辺りにギリギリ車を停められました。