7年前からの想い、変わらぬ魅力。
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| 名前 |
魚五 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
072-483-2325 |
| 営業時間 |
[水木金土月火] 10:00~17:00 |
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
|
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7年前だったと思います。紀州街道(孝子越街道)沿いの歴史の重みを感じたこの魚河岸?の建物が少しずつ解体されるのを見て、本当に寂しく思いました。京の町屋風で、おそらく昭和初期の当時のままの佇まいを今に残していました。私は、宮本常一が歩いたであろう田尻~岡田~波有手界隈をよく散策しました。ある日、魚五さんを通りかかったとき、店先の道ばたに確かに「宇久小値賀漁協」と焼き印の入った「とろ箱」が目に止まりました。魚五さんの「五」は、もしかすると「五島列島」の五ではないかと思ったのです。何かしら五島と関係がある!繋がりがあるのでは?と気持ちがはやりました。通るたびに魚五さんに伺って確かめようと思っていましたがとうとう聞きそびれてしまいました。孝子越街道沿いの古い町屋、町家で、玄関先に正月の「しめ縄飾り」が年中飾られている家が何軒かあることに気付きました。もしかしたらカトリックの信者さんなのでは?と思いました。禁教期、カトリック信者でないことの意思表明でそうしているのだと聞いたことがあります。その習慣の名残なのでは?と思いました。福岡の相島もしめ縄飾りが各戸にありましたが、こちらは正月以外に里帰りしてきた家族をいつでも正月のように迎える気持ちを表しているとのことでした。江戸の頃から、泉州や紀州、瀬戸内の浦々からは捕鯨などで一攫千金を狙って、五島列島の各地に移り住んだ人々がいます。一方で五島列島から泉州~紀州に移り住んだ人々もいます。現代では、五島列島各地から集団就職などで、吉見紡績や東洋紡績などの紡績工場に就いた島の若い人が多くいるのです。泉州~紀州と五島列島は、古くから人々の交流があり、現在でも続いています。ところで、昭和4年、田尻尋常高等小学校に赴任した宮本常一は、きっと魚五さんで買った魚を食べていたに違いありません。買った魚は「かつお」のはずです。