小池家の小さな山城、今城跡。
今城跡の特徴
小池氏が築城した戦国時代の雛形が楽しめる城跡です。
山城の構造がコンパクトに見学できる整備された場所です。
民家の間を通り、くねくね進むアクセスがユニークなスポットです。
今城跡見学の方へ今城跡入口付近には駐車場がありませんので、今公民館をご利用ください。(入口付近へ車で突撃すると、Uターン不可能な細い道に嵌まります)
綺麗に整備されてます山頂に城のパンフレットあります来場者カウンター4000くらいでした。
規模は大きくありませんが縄張りは巧緻で、戦国末期の縄張りの雛形といった面白さが有ります。地元の方によって手入れもされており、見学もしやすい城址です。
かねてから訪れたかった今城跡に、やっとこれました!他の方たちのレビューにもあったように、今城跡と示されているのでスムーズにこれました。小池家継が築城ひたようですが、本能寺の変の後、森長可に明け渡し、帰農したようです…そして、小牧長久手の戦いの折に、森長可に改修されたようで、小さいながら、戦国時代にふさわしい城跡?!砦?!です。マニアでなくてもわかりやすいつくりになってますのです、ぜひ訪れてみてください🏯
現在の岐阜県可児市今地区にあった城です。天文年間に小池刑部家継が築き、永禄年間に入り、美濃金山城に森長可が入城した後、小池氏は帰納し今城は使われなくなったと伝わります。横堀や喰い違い虎口といった複雑な構造を有しています。横堀を巡らし、曲輪を堀切・土塁で区画するなど戦国末期の技巧的な縄張りになっています。小規模ながら遺構が多く残っていて見どころがいっぱいです。今公民館に駐車して、道沿いの「今城跡」ののぼりに従い歩けば約5分で登城口に着きます。
良く整備されてます。たどり着くまでに道が細いので車で行かれる方は気を付けて下さい。
天文年間、この辺りの豪族であった小池氏が築城されたとされる。織田信長の家臣、美濃金山城主、森長可に仕えてましたが天正10年1582年本能寺の変が勃発し織田信長が討たれた後、東美濃の豪族等はこぞって織田家から離反、森長可に鎮圧された後、小池氏は帰農しました。小牧長久手の戦いの際に森氏が改修し利用しました。現在は小ぶりながら曲輪跡、堀切、土塁など綺麗に残ってました。後は喰い違い虎口、横堀など複雑な構造を備えた小ぶりながらもしっかりとしたお城であった事が窺われます。駐車場は画像にも載せてますが今城登城口の手前に今老人憩いの家の敷地内に止めさせてもらいました。
民家の間を通って入口に。入口には立派な石碑ありだが、全体にこじんまりした山城だった。駐車場は公民館に駐車できます。
舌状に伸びた丘陵にある小さな城。よく遺構が残っているし、地元の方の力でよく整備されている。遺構の一部は私有地なので登城時には注意。
| 名前 |
今城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0574-62-1111 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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民家も近くにあり、村の中のお城という言葉がぴったりです。本丸や二の丸などの建物はありませんが、高すぎず低すぎず、こぢんまりとしているので、土塁や虎口などの跡を一息に見ることができて、わかりやすかったです。