小丘の頂で五輪塔参拝。
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| 名前 |
近藤左衛門尉の五輪塔 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
2.3 |
| 住所 |
|
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半坂の小字堂の奥の側の小丘で登り口は切り開かれ、頂は平らでかなり広く、片隅に左衛門さんと称する五輪塔が小屋に祀っていたが、開発の際、南約100Mの平地に移されている。初代城主は讃岐木田郡元山村浪人、近藤左衛門尉で永和三年(1377年・南北朝時代)この城に来る。孫左近信広永享九年(1437年)長和村に引越左近十一代の孫近藤太郎伊豆の二男、近藤与右衛門延宝八年(1680年)草戸に移ると云われている。近藤氏に関する物証は五輪塔以外、長和の正光寺と共に焼失し何も残っていない。ただ近藤氏が護る金刀比羅宮は讃岐に関連する唯一の物証、又小字堂の奥の地名から城跡と思われるあたりに大きな御堂があったと思われる。近藤与右衛門の墓は近藤左衛門尉の五輪塔の側に祀られている。五輪塔の右側は稲荷社近藤左衛門尉を祀る五輪塔は小米石(こごめいし・結晶質石灰石)で造られており、室町時代のものである。明王院境内の草戸千軒出土の石塔群の中に見られる。