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| 名前 |
多々良塞跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
|
多々良塞は別名松崎(まつのはな)城。南北朝時代活躍した河内多々良氏は、新羅(白木)三郷を拠点とし、その舘は小字名や地形から旧長坂村の北、現河南町白木1371周辺。『日本城郭大系』で、多々良塞とされている場所と考えられる。正平四年(1349)三月十五日の寺田合戰は、この多々良舘の北東で、石川河原城に駐屯していた畠山国清配下の淡輪助重と、多々良氏の間で戦われた。