殖栗神社で心を癒す。
| 名前 |
殖栗(えぐり)神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-nara/jsearch3nara.php?jinjya=33892 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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殖栗神社(えぐりじんじゃ)。奈良県桜井市上之庄。式内社(小)、旧社格不明。【祭神】殖栗王(用明天皇の第五皇子) 天児屋根命【関係氏族】殖栗連:『新撰姓氏録』左京神別に大中臣同祖であるという「殖栗連」が登載されており、この中臣系氏族の「殖栗氏」が当地に居住し祖神を祀った。資料によると、明治7年(1874)頃までは三十八社神社と称していた。同40年小字十ノ森(とうのもり)にあった春日神社を合祀、十ノ森の近くに字江繰があったため社名を殖栗神社と改めた。江戸時代は三十八神社といったが、明治10年(1877)の記録[区有文書]では上之庄神社、明治24年(1891)の大和国町村誌集では既に殖栗神社となっている。旧鎭座地は上之庄領の東北隅にあたる字十ノ森で、現在も水田の中に180坪(580㎡)の雑木林をのこしている。本殿の向つて右、低い土塀に三方を囲んだ中に南面の末社があつて、向つて右が字十ノ森から移した春日社(祭神・天児屋根命)である。もともと殖栗神社という神社はなかつたわけで、『大和志』は城上郡神廟の條で、「殖栗神社(在所未詳)」としている。たまたま字十ノ森の東側に字江繰(えくり)があることから殖栗神社に改めたものであろう。肝心の字十ノ森鎮座 春日社は明治40年にいたつて、殖栗神社の境内へ合紀された。とあります。