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西渓公園の正面左手を進み、奥まった場所の四阿に静かな佇まいを漂わせて置かれた石碑です。聖林碑は石碑を亀が背負っている様式で、これを亀趺(きふ)像といいます。古代中国(唐)に起源があり、元来“亀の足”という意味で、記念碑や墓碑に使われます。蛇足ですが、中国の伝説によれば亀ではなく,竜の九匹の子のうちの一つ贔屓(ひいき)であるとも言われる。ほぼ同じ様式の碑を、京都・教王護国寺の弘法大師御影堂の境内と京都黒谷の金戒光明寺で見かけました。(現地案内板より転載)佐賀藩の儒学者武富富一郎右門咸亮(ともすけ)[号廉斉]が佐賀城下の北部、今の大財町六反田の私邸内に営んだ聖堂を記念して七十七才にあたる正徳三年(1713年)に建てた碑で、碑面の大宝聖林とは大財聖堂のことである。昭和二十七年秋、武富氏旧邸が分譲地となる為撤去され、翌二十八年に十代目で孫の武富敏彦氏が友人高取盛氏に依頼、盛氏は咸亮に深いかかわりをもつ多久聖廟に近い西渓公園(現在地)に移転、永久保存につとめた。石碑の高さ約2メートル、横約70センチ。凝灰岩の自然石で碑石を支える台座は亀趺(亀の足の意)といって、中国唐代以来の古制であり、西安碑林の名碑をはじめしばらく用いられ日本では元禄五年に水戸光圀が湊川に建てた楠木正成の墓碑に用いてある。石工は多久聖廟の造営の際に石工の長として記録に残る平川徳兵衛ではないかと思われる。(2018/12/05)