鎌倉時代の祈り、平等寺で。
平等寺の特徴
鎌倉時代からの歴史を持つ、神奈川を代表するお寺です。
きれいに整備された境内で心安らぐお墓参りができます。
豊田山医王院平等寺での祈祷の伝統を感じられます。
豊田山医王院平等寺。古義真言宗で岡崎にある金剛頂寺の末寺。御本尊は元は正観音であったが明治の終わりに火災で焼失したため、境内にあった薬師堂(これも火災で焼失)に安置されていた薬師如来を本尊としたといいます。建久3年(1192)北条政子が後の源頼家を身籠った際に、夫の頼朝が安産祈願のために相模国の23寺社に神馬を奉納した祈願所の一つに挙げられている程ですから、古くから信仰を集めていた寺院であったことが伺えます。火災の影響か現在は素朴な感じの境内ですが、清浄感があってとても良い雰囲気です。
鎌倉時代で、時の支配者に祈祷を頼まれるほどの神奈川を代表するお寺であった。とうぜん、それ以前から存続しているわけで、神奈川でも古いお寺と言える。❶【参考 新編相模風土記稿 1830年】平等寺建久3年(1192年)鎌倉将軍家より祈願の依頼のあった古刹である。❷【参考 あづまかがみ】慶安2年(1649年)8月に 寺領10石3斗餘の御朱印を賜る。△天満宮 △稲荷社△薬師堂 本尊は行基作、長さ1m(3尺5寸)△鐘楼 正保3年(1646年)の鋳造の鐘をかける。[鎮座地] 小嶺村[號] 豊田山醫王院[宗教] 古儀真言宗 岡崎金剛頂寺 末[本尊] 正観音 弘法大師作、長さ45㎝(1尺5寸)______________________源頼朝の妻の政子が産気づいたので、御加持を鶴岡八幡宮と相模にあるお寺27にたのんだとある。そのうちの頼まれたお寺の一つがこのお寺と東鑑に記されている。❸【参考 あずまかがみ 1192年8月9日】建久三年(1192)八月小九日己酉。天晴風靜。早旦以後。御臺所御産氣。御加持宮法眼。驗者義慶坊。大學房等。鶴岡相摸國神社佛寺奉神馬。被修誦經。~お寺の名は省略1192年8月9日、はれ、かぜしずか。朝早くから見台所が産気づく。とある。御加持は宮の法眼、験者は義慶坊、大学坊ら。鶴岡と相模国の神社・仏寺に神馬を奉る(たてまつる)。誦經(ずきょう)をおさめてもらった。~お寺の名は省略。
| 名前 |
平等寺 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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きれいに整備していただいており、お墓参り出来ました。日々の管理ありがとうございます。