明石市・忠度公園に歌碑あり。
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| 名前 |
前田純孝之歌碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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■前田純孝之歌碑兵庫県明石市にある石碑。忠度公園の南東隅に歌碑が建つ。平成16年(2004)2月建立。表札が脇にある。◆前田 純孝(まえだ すみたか、まえだ じゅんこう、明治年13年(1880)4月3日生まれ、享年31)明治期の歌人、号は翠溪(すいけい)。兵庫県二方郡諸寄村(現・新温泉町浜坂)出身。兵庫県師範学校を経て東京高等師範学校に進学、学生時代から新詩社の「明星」に優れた短歌や長詩を発表。卒業後は大阪府立島之内高等女学校(現・大阪府立夕陽丘高等学校)の教頭に着任、多忙のために倒れる。貧困と病(結核)に苦しんだ末に早世。その才能は与謝野鉄幹をして「東の啄木、西の翠溪」と言わせしめたほどと云う。●歌は、純孝が故郷浜坂で、此の明石の地に残した妻子を詠んだもの。石碑の歌詞彫りは深く力がある。近代表札は写真も載り分かり易い、耐久性がある様だ。此方の忠度(ただのり)公園から東へ100m程には平忠度の「忠度塚」が祀られている。新温泉町浜坂には歌碑等多数が建つ。