戦災と震災を語り継ぐ。
大輪田橋戦災・震災復旧モニュメントの特徴
大輪田橋の北東に位置する歴史的なモニュメントです。
倒壊した親柱は戦災の痕跡を示しています。
ブロンズプレートに詳細な説明が記載されています。
鎮魂。戦災殉難者慰霊碑。昭和20年3月17日、B29による神戸大空襲の中、橋下の暗渠にて多数の市民の方々が葬られました。あらためてご冥福をお祈りします。
■大輪田橋戦災・震災復旧モニュメント神戸兵庫区にある倒壊柱。大輪田橋の北東側橋に折れ倒れた此の橋の親柱を寝かせ保持した。ブロンズプレートに説明由来がある。●橋の北側歩道東手脇に20cm程の石角材を枕にして親柱が横たわる。プレートは柱面真上にあるために目線から逸れ見辛くて文字は読み取れない。止む無くバンザイして撮影し漸く読めた。この親柱石材を元に別にモニュメントが造られている。此処から近くの薬仙寺の本堂脇にあるモニュメントだ。其処にも以前投稿したがMap投稿が削除されていた。利便性復旧も大切だが、遺構は永く遺したい、記憶を永く留めるにはどうすれば良いかと考えられたようだ。配慮と苦心に敬意を表したい。プレート標札には以下が記されていた。『平清盛公ゆかりの地名にちなむこの大輪田橋は、1924年の竣工以来、二度の大きな災害に遭っています。1945年3月17日の神戸大空襲では、水を求め、この橋に避難した多数の市民が、炎にまかれ犠牲になりました。橋にはその時の炎で黒く焼け焦げた跡が、今も残っています。そして50年後の1995年1月17日の阪神・淡路大震災により、この橋自体の親柱が崩れ落ちる被害を受けました。ここに、戦災と震災を経験した「生き証人」でもある親柱をモニュメントとして再構成し、その時節の冬の星座をかたどった照明によって、私たちの記憶に永くとどめるとともに、鎮魂の意を示すものです。1998年10月 神戸市』
| 名前 |
大輪田橋戦災・震災復旧モニュメント |
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| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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戦災と震災を語り継ぐモニュメントです。