二條岳に寄り添う深江の魅力。
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| 名前 |
天満宮(天神様) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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糸島郡誌 p.531深江村第一章 沿革南に二條岳の高峰を負い北松末片山の連丘西走して大崎の突角となり海に入るの間,数百町歩の沃野を擁し人家五百人口三千の大村をなせる處是れ深江の地なり。上古は神功皇后の征韓役の要津にして鎭懐石を以て著はれ,大寳令軍制にも此地に驛馬を設定せられたり。伝説に據れば深江は平城平安両朝頃迄は現今の上深江の地にありて,一貴山深江両村及び長糸浦の一部に跨り深く灣入したる良港なりしが,漸次土砂のため埋沒せられ,平安末期より此の地に移されたりと。そは當地の氏神たる深江神社(祭神寳滿天滿両宮)が上深江の地より當地に移りたるが土御門院建仁三年なりと云ふを以てなり。p.537海濱西南大田の隅より直北羅漢の洲口至る迄松數町の間を怡土濱と稱す。白砂青松相連なり,寄せては返す小波の汀を洗ふ清麗の風光愛すべし。(略)此の海濱に唐圖貝とて淺利貝に似て其の文美はしく味ひの之に優れる一種の貝あり。神功皇后三韓より齎し給へるものといふ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(深江村)村社 天滿宮大字片山字西にあり。祭神菅公,高男神,倉男神。祭日九月二十五日。糸島郡誌ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー村社 天滿宮 糸島郡深江村大字松末字西祭 神菅原神,高男神,倉男神由 緒不詳,往古同村大崎の地に鎮座ありしを中古当地に移転すると言い伝う。片山村民松末村に居住せしを以て片山村村社としたるものなり,明治五年十一月三日村社に定めらる。例祭日旧九月十三日主なる建造物神殿,拝殿境内坪数百五十三坪氏子区域及戸数四十戸福岡県神社誌 中巻ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー鳥居:天保十四癸卯年□(歳)四月天保14年\u003d1843年。