中津市三光上秣のまくさ城!
秣城跡の特徴
中津市三光上秣に位置する歴史的な山城です。
まくさ城の古代遺跡が魅力満載です。
美しい自然に囲まれた静かな訪問地です。
中津市三光上秣地区にある山城。築城年は不明。地元の国人 秣氏の居城。秣氏は宇都宮氏の庶流深水氏の一族で、秣大炊介が当主であった安土桃山時代、黒田氏の統治に反発して起きた国人一揆の際は長岩城主野仲氏に与していたことで一揆勢として参加。しかし、長岩城が落ちると黒田氏に降伏し以後は黒田氏に従属します。黒田氏の攻勢で落城し、土地を追われて秣氏を頼ってきた犬丸越中守清俊を討ち取り、同じく黒田氏に攻められ豊後に落ち延びようとした加来安芸守統直も討ち取り功績を上げます。ネットで調べられたのはここまでで、その後の秣氏の動向や秣城の詳細は不明です。少なくとも江戸時代の一国一城令の頃には廃城となり、現在鎮座している上秣神社(当時は「若宮八幡宮」「六所神社」とも)が創建されたのかと思われます。縄張りの西側が開発されて住宅地になっていますが、神社が鎮座している本丸跡と周囲の曲輪群、堀や土塁も良好に残っています。高低差はさほどありませんが、台地のへりに築城されてる事で意外に堅固な造りに感じられます。
| 名前 |
秣城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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まくさ城。秣氏代々の城で大炊介は天正15年(1587)豊前に入部した黒田氏の傘下となり大畑城の加来統直や犬丸城の犬丸越中守を討ち取った。城跡最上部に六社神社があり主郭と想定される。周辺に複数の曲輪があり主郭西側に土塁、横堀、戦国期と思われる宝塔がみられる。中津市教育委員会の中近世城館調査2(pdf)に秣城跡の縄張図など資料が掲載されてます。城跡に近づくと城標識があり神社北西側のバス停向かいに案内板、神社の入口あります。神社の北側参道石段からは清水村山城、三保山城方面の山々がみられます。