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| 名前 |
秣城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
中津市三光上秣地区にある山城。築城年は不明。地元の国人 秣氏の居城。秣氏は宇都宮氏の庶流深水氏の一族で、秣大炊介が当主であった安土桃山時代、黒田氏の統治に反発して起きた国人一揆の際は長岩城主野仲氏に与していたことで一揆勢として参加。しかし、長岩城が落ちると黒田氏に降伏し以後は黒田氏に従属します。黒田氏の攻勢で落城し、土地を追われて秣氏を頼ってきた犬丸越中守清俊を討ち取り、同じく黒田氏に攻められ豊後に落ち延びようとした加来安芸守統直も討ち取り功績を上げます。ネットで調べられたのはここまでで、その後の秣氏の動向や秣城の詳細は不明です。少なくとも江戸時代の一国一城令の頃には廃城となり、現在鎮座している上秣神社(当時は「若宮八幡宮」「六所神社」とも)が創建されたのかと思われます。縄張りの西側が開発されて住宅地になっていますが、神社が鎮座している本丸跡と周囲の曲輪群、堀や土塁も良好に残っています。高低差はさほどありませんが、台地のへりに築城されてる事で意外に堅固な造りに感じられます。