子之八幡社の静かな魅力。
石塔群(庚申塔)の特徴
入口手前のコンクリートが印象的で独特です。
子之八幡社の裏門としての役割があります。
石塔群は神社の一部のような存在感があります。
子の神社の一部のような気もするが、入口手前のコンクリートにくっついている。特に右ふたつは寛文の庚申塔で、一番右:寛文7年(1667年)、右から二番目:寛文10年(1670年)。この2基はどちらもかなり状態がよいうえに、作品としての出来もよいと思う。一番右のものは猿の5本指まではっきり見て取れる。
| 名前 |
石塔群(庚申塔) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
〒244-0816 神奈川県横浜市戸塚区上倉田町244 0816 |
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子之八幡社の裏門になるのでしょうか。本殿から右の階段を下りた場所に5基の石塔物が集められていました。右から3基の庚申塔について記載します。右の庚申塔から。①唐破風笠付角柱型の庚申塔です。阿弥陀如来立像、三猿で構成されています。三猿の下には願主達の銘が確認できます。正面右に「種子(サク:勢至菩薩) 寛文七丁未天 香誉三人?」正面左に「種子(サ:聖観音菩薩) 霜月吉日」と刻まれています。左右側面には蓮花が浮彫で飾られています。②舟形光背型の庚申塔です。種子(※イー:帝釈天)、地蔵菩薩立像、三猿で構成されています。※地蔵菩薩であれば通常「カ」ですが、帝釈天を表すイーに見えますまた三猿の下には願主銘が確認できます。正面右に「再拝日 彰侯子彰常子命児子 悉入竊冥之中故離我身」正面左に「寛文十庚戌暦二月十九日」(1670)と刻まれています。刻まれている内容から、亡くなった子を供養するのも兼ねていたのかもしれません。③角柱型の庚申塔です。正面に「青面金剛塔 七十八歳 三芝拝書」右側面に「嘉永七甲寅歳九月」(1854)※スミマセン、写真に指が写り込んでしまいました…左側面に「上倉田村講中」と刻まれています。正面に刻まれた「七十八歳 三芝拝書」が非常に興味深いです。通常、書画のような作品に〇〇拝書や謹書と使われますが、この時代に庚申塔に彫られた文字に対してこのような書き方がされているのは初めて見ました。どの庚申塔も非常に面白い、ストーリー性を想像させられる庚申塔だと思います。