嵐城を直登!
嵐城跡の特徴
嵐城は西条城を含む城郭群の一部です。
重要な戦略拠点として歴史的な役割を果たしました。
標高1034mからの登城ルートが魅力的です。
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標高1034m、比高約270m。飯縄城から登ってたどり着いた主郭に土塁とちっちゃな祠がある。少し下りると堀切、主郭裏にナカナカの堀切♪シンプルな造りだけどしっかり遺構は残ってるよん(^^)d
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| 名前 |
嵐城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
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嵐城は飯繩城、本城と言われる西条城の3つで1つの城郭群をなしていて(姫城を含め4つという考え方も)、諏訪氏と小笠原氏の領土紛争でで複雑に入り組んだ中での伊那方面への押さえとなる重要な城の1つです 通常は飯縄城から登り、稜線を伝って嵐城に至る登城ルートですが、今回は根小屋推定地の西側の洞地区から直登してみました(こちらが大手?) 城主は小笠原閑斎と伝わり、西條城の根小屋でもあったようです 根小屋推定地の民家脇より林道に入り途中から西斜面に取り付きます 登城路は途中で不明瞭になりますが鹿の獣道を辿ります。3箇所ほど曲輪?を推定される構造が見受けられるか。比高200mほどを這い登ると稜線に城 北面はきれいに土壁で切岸されて東西は急峻で侵攻は大変そうな良い構え。小さな曲輪を経由して上端の高さ1mほどの土塁を超えると20m四方ほどの広さの城内です 兵を配してしばらく敵を迎え撃つのに十分な広さかと 中央に祠がありましたが倒れておりました 南側は5−7mほどのしっかりした土塁、その向こうの幅15m深さ10m弱の立派な空堀です その先には50mほど中央に幅5m深さ1mほどの小空堀を備え東西に切岸した細い曲輪。面白いのは(確信は持てませんが)その末端が東西に縦堀されて虎口に近い、S字カーブの土橋・通路状になっていることです 通過しようとする敵に動きにくく、移動距離を長くして出血を強いる構造に思えます。北条氏とかのお城では割と見受けられますは小笠原氏には珍しいかな、稜線の幅が狭すぎても広すぎても作りにくい構造で、見どころかも?更に南に進むと本城西条城ですが日が暮れてきたので撤退。帰りは北の見張り・堡塁を経て北西稜線の残存状態の良い空掘を経て下ってみました。空堀の西側で南西と北西の稜線に分岐あり。南西に下って見たところ、岩崖…いわゆる岩嵐地にぶちあたりました、ここは通行不能。鹿の住処になっているようでニホンシカが数匹座っておりました 闇の迫る中致し方なく登り返し、北西に下りましたがこちらも暗くなってゆく中で道が不明瞭になり、GPS頼りにヤブを突っ切ってなんとか下城することができました…こちらも大手の可能性はありますがわかりませんでした嵐城は西条状の一部ではありますが、整った造作とすこし変わった防衛施設、そこそこの規模をもつ立派な前衛の城ですなお、本丸で倒れていたかわいい祠は再建させていただきました。お稲荷様かな?