神戸市中央区の石塚で黄金の味を堪能。
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| 名前 |
中宮黄金塚古墳 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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■黄金塚(こがねづか)神戸市中央区山本通にある石塚。善照寺の西側にある古墳に立つ石塚。中宮黄金塚古墳の古墳塚。塚建立期は不知。標札は無い。●敷地はフェンスで囲まれいる。フェンス越しに見えるが少し遠い。黄金塚の題字は三文字とは判るが「黄金塚」か否かは読み辛い字体だ。黄金塚の少し南の数メートル下辺りに「古墳」と彫られた標石が分かる。『 中宮黄金塚古墳所在地:神戸市中央区山本通5丁目形式:円墳年代:古墳時代後期(6世紀後半〜7世紀前半)石室の全長:約4.5m 石室形式:横穴式出土遺物:鉄製刀子、鎖(馬具)』神戸市全体で見ても市街地で残存する古墳は少なく古墳時代後期でほぼ完全な姿で残存しているのは此処中宮黄金塚古墳と神戸薬科大学構内古墳の2ヶ所だけのようだ。◆此処から南50m程の近くに中宮古墳が嘗て在った。今は古墳は無いが、大正6年(1917)8月に建立された石碑が今も遺っている。その碑文によれば中宮古墳は前方後円墳で山本通5丁目91番地(現在の神戸市中央区山本通5丁目10-7付近)にあった。中宮古墳は崩壊の恐れがあったため、大正5年(1916)10月16日に発掘調査を行ない、縦6.6m、横2.3mの横穴式石室を有することが確認された。剣や馬具等も出土した。其の碑文は東京の福井毓氏が書いた。碑文中に中宮古墳の北西に中宮黄金塚古墳があることも書かれている。この古墳は仁徳天皇の皇后、八田皇女に関係したものだという言い伝えもあるが、定説ではない。中宮黄金塚古墳は昭和63年度の神戸市埋蔵文化財年報に発掘調査の結果が記載されたと云う。