諏訪大社の湧き上がる歴史。
八立(八龍)神社の特徴
長野県諏訪市の由緒ある八立神社で感じる歴史的な価値です。
古御柱祭の神事と本宮の御柱が見られる特別な場所です。
諏訪大社上社から受け継いだ御柱に触れる神聖な体験ができます。
令和六年、年始から震災、航空機事故がありました。八立神社はこの地区の守り神です。
令和4年6月19日、古御柱祭最後の神事が行われました。7年前の御柱はこの神事により、ふつうの木に戻されました。お役目お疲れさまでした。ありがとうございました。
この神社は諏訪大社上社の御柱を貰い受け、魂を抜く神事を行う由緒有る神社です。氏子が奉仕で建立した御柱を倒す中金子地区に鎮座し、飾り気の無い小さいお宮ですが、御柱を語る方ならば一度は参拝して欲しいお宮です。
今年の御柱祭で抜いた上社本宮の四本の御柱を置いてあります。無人の神社で、いつまで置いてあるかはわかりません。Google map でたどり着けますが、入り口は狭い道路なので気をつけてください。
令和4年6月19日、古御柱祭最後の神事が行われました。7年前の御柱はこの神事により、ふつうの木に戻されました。お役目お疲れさまでした。ありがとうございました。
御祭神「八立尊」は、諏訪大社上社の御祭神「建御名方富命」の御孫だそうです。建御柱祭で、御柱が「神」となった翌朝に神事「地固め之儀」が執り行われます。この地固めは「八立(八龍)神社」の氏子さん達の手で行なわれる習わしだそうです。
八立神社(八龍社)祭神は諏訪大社上社の祭神「建御名方富命」の御孫「八立尊」である。嘉禎3年(1237年)祝詞段の神楽歌の中に「金子に鎮守ハリヤウサンソン…」と見えるものが最も古い。昔は金子郷全体の鎮守だったと思われる。御柱年には本宮と前宮の古い御柱の「御柱休め」(倒すこと)をし、その年の御柱を建てる穴掘りの奉仕をするのも中金子氏子の仕事であり、特権であった。本宮山出し里曳きの間に、区民全体で古御柱を曳航して、八立神社前に4本並べ、秋に神事行った後処分される。現在の社殿は三間二面、入母屋造りの銅葺、明治41年の再建である。(当時の費用で1800円を要した)※説明板より中金子区(村)では、古くから古御柱のお休めとして曳行、穴掘り、新御柱の穴埋め、古御柱の譲り受けを担っている。記録としては天正12年(1584年)まで遡る。(八立神社古御柱祭誌:諏訪市中金子区より)
街中の小さな神社です。
分かりにくい場所だけど歴史を感じた。
| 名前 |
八立(八龍)神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
4.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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立派な御柱が立っている。また、小さな摂社にも小さな御柱がある。常夜灯は享和元年(1801年)辛酉と明治42年のもの。このあたりは昔の雰囲気が良く残っている。道はクネクネしてその両脇には農家の立派な家が並んでいる。集落の共同浴場だろうか、温泉もある。神社も歴史を感じさせる。