親鸞が息づく長徳寺の歴史。
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| 名前 |
真宗大谷派 長徳寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
046-228-0916 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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❶【参考 新編相模風土記稿 1830年】長徳寺 江戸の頃のこのお寺の紹介文むかしは真言宗であったが、1230年(寛喜2年)住僧の西香が親鸞に帰依して改修した。それゆえに、西香を開基とする。1574年4月~1578年7月に至る 本山_本願寺顕如が大阪籠城の時、当国の坊主門徒等に用途の事を命じた、とある。その文章に、長延寺の某(なにがし)が書翰(しょかん)を添えて当寺に寄越した。とある。書翰内容は長いので省略。1590年(天正18年)小田原陣の時、豊臣太閤より境内制札を与えられる。相模国大中郡落合郷 長徳寺と号す1594年(文禄2年)正月、本願寺顕如の分骨を当寺に納めた。分骨内容は長いので省略。分骨は今宝塔中に安置されている、という。1649年(慶安2年)8月に寺領13石の御朱印を徳川家より賜る。此の御朱印の内容は長いので省略。[寺寶]△10字名號1幅 親鸞筆。開基の西香へ授与したもの△6字名號1幅 蓮如筆。△阿弥陀像1体 長さ38㎝餘(1尺2寸5分)聖徳太子作△聖徳太子像1体 長さ67㎝餘(2尺2寸)良辨作 三ノ宮村の浄業寺より伝来したと云われる。△古文書9通△鐘楼跡 1703年(元禄16年)地震により大鐘とともに破壊した。未再建。△頭中 萬徳寺 1683年(天和3年)寺號免許、本尊阿弥陀[號] 喜楽山[宗教] 一向宗 東本願寺末[開基] 西香 1266年(文永3年)8月16日 卒[本尊] 阿弥陀 長さ61㎝餘(2尺)御首に1532年甲申(天文元年)桂壽院井藤田等の子息寄附と記してあるという。天文元年は壬辰の年なので甲申は寺僧の傳へ誤りである。又藤田は北条氏の家人に藤田大蔵丞というものがいる。これらの氏族である。