中尊寺で弁慶の歴史に触れよう。
武蔵坊弁慶大墓碑(源義経公郎党筆頭の墓)の特徴
中尊寺バス停から歩いてすぐの場所にあります。
武蔵坊弁慶のお墓は静かなロータリーに位置しています。
墓碑に刻まれた弁慶の歴史を語る石があります。
2025年9月28日(日)に訪れました。中尊寺の参道前の場所なので、是非立ち寄ってください。
平泉町の武蔵坊弁慶大墓碑(源義経公郎党筆頭の墓)に立ち寄り、手を合わせ、拝んで参りました✨今回で4回目です✨
中尊寺の前に、源義経の郎党であった武蔵坊弁慶の墓と伝わる墓があり、墓碑が建てられている。ただ、実際のところ飽くまでもそう伝わるというのみで本当に弁慶の墓か否かは分からないようだ。ついでに言うと弁慶の事績も多くは平曲などに語られる想像上のもので、実際に弁慶がどのような人物であったかは伝わっていないらしい。本当に弁慶の墓かも分からず、しかも弁慶の人となりも事績も分からないとあっては冥福を祈るにしてもどう祈ったものか少々困る。
京都の五条大橋で⚔️千本目指して太刀狩りをやっていた豪傑/怪力の弁慶 😲達成目前まさかの返り討ちにあって以降 義経と主従関係を結ぶ 頼朝と❌対立した主人の都落ちに同行し 平泉にて奥州藤原3代秀衡の庇護下 安泰と思われたのだが平泉入り9ヶ月後 秀衡死去 4代泰衡は父とは違い鎌倉の圧力に耐えきれず💂500騎の兵で急襲 防戦の義経は僅か10数騎‼️攻めこまれ最後の1人になるも義経のお堂前に立ちはだかり薙刀を杖に無数の矢を受け仁王立ちのまま絶命 「弁慶の立ち往生」凄まじい最期ですね💧義経は最後に法華経を読み正妻と4歳になる幼い我が子(女児)を斬って自害 ※特別史跡指定 浪花節的と断言したいが「武蔵坊弁慶」については諸説有り 日本人が好むストーリーです👍️
中尊寺に行った時は必ず行きます。何度訪れても思いは変わりません。
2024/4/21 9:59 中尊寺のバス停へ到着 バス停から少し歩いたところに弁慶のお墓があります。
武蔵坊弁慶の墓と刻まれた大きな石はただのせきひでその後にある小さな石が本体です。多分とうのほうだけ。弁慶自体、実態は曖昧ですが中尊寺の参道入口すぐそばにあるのでよって損はないと思います。
実在としては不明瞭な人物で、義経の北行に付き従ったとされる僧の1人を、後の創作物によって肉付けされたほぼ架空のキャラクターとされる。ここに記された伝承ももちろん観光地としての後付けだと思うが、それだけ誰もが知っている愛された義経に関わる逸話の登場人物ということだと思う。
2023年1 月 初詣に中尊寺に行って来ました。まずは武蔵坊弁慶の墓に御参りです。「色かへぬ松のあるじや 武蔵坊」の石碑にも。
| 名前 |
武蔵坊弁慶大墓碑(源義経公郎党筆頭の墓) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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ふらっと中尊寺に立ち寄った際、少し散歩していて墓碑を発見し驚きました。弁慶の後年は諸説あり、またこちらの墓も本人のものか定かなところではないとのことですが、まさかこんなところにあるとは思いもよらず、手を合わせてきました。地元関西には三井寺など弁慶ゆかりの場所が多くありますが、遠く離れた東北でこうやって縁あるところへ導かれるように来られたのは良かったです。周りに駐車場はないので、中尊寺の駐車場に車を止めて訪れると良いです。