1859年から続く、愛される旧道の味。
大中村不動尊の特徴
瀬谷柏尾道路の旧道に位置し、歴史を感じられる場所です。
安政6年から続く伝統が息づく神聖な寺院です。
1859年の創建以来、多くの参拝者に親しまれています。
安政6年といえば1859年。道祖神の右面は、右り さくた道とあるように見える。現在ならば上瀬谷にある海軍道路の桜並木を指すとも言えるが…。長いこと気になっていた、ここにある馬頭観世音が道標の役割を果たしていた件について、ついに結論が出た。横浜開港資料館で学芸員をされている方にお伺いすることで、次のように解決できた。左リ とつか道右リ さくば道であると、1987年に横浜市教育委員会が調査報告書を出していた。では、さくばとは何なのか?どこにあった地名なのか?これも同様に学芸員さんに解決していただいた。漢字で書くと、乍場だそうで、これは「この先には何もない」、「目的地は反対の方向(つまり左へ行きなさい)」といった意味をもつ言葉で、地名ではないのだそうだ。この「さくば」は他所の碑にも見られる、とのこと。つまり「右リ ❌️道」だったわけです。いや、今なら右へ行けば、ちゃんとこの先で鎌倉道に合流するし、瀬谷、相模、それこそ「右り 八王子道」と書いてあっても不思議ではないのですがね。おまけに、こんな資料が存在することまで知れて、今日はナンテ日だ、そんな気分になった。ちょっと古すぎるかもしれないが、この古地図でも、阿久和から先の道は、確かに途絶えてしまっている。
2023/4/8此処は瀬谷柏尾道路の旧道。ある史跡に行くために歩いていたら、その近くで目に入った。此処に大木が有ったのか、残った根が石垣からはみ出している。掲示板が有り、由緒の説明かと思ったら寄付者のリストだ。普通は由緒書きの裏に有るが。不動尊の再建費用の寄付分が¥753,000らしい。寄付額が後の日まで掲示されるようだ。「大中村」というのは昔の村の名前で、バス停や町内会に残っている。此処以外にも、当時の主要街道には不動尊が見られる。此処には、「道標も兼ねた馬頭観世音」が横に立っている。①不動尊 「願主 ◯心」と彫られている。名前から、仏門に入った人が願主のようだ。石像全体にシャープさが無く、何時の造立かは不明。②馬頭観世音・道標「馬頭観世音 馬持中・㔫 とつか(道) 阿久和村 願主 相澤(又)㔫エ門・右 さく◯(道) 安政六 未 年十一月吉辰」江戸時代末期の1859年建立。台座の文字が珍しい。普通見られる「講中」ではなく、「馬持中」は初めて目にする。「右 さく◯(道)」の「さく◯」について、思い当たる地名が無く、どうにもわからない。③石碑(角柱)「奉納 相澤松雄 参議院議員 相澤重明昭和三十五年一月二十八日」この地には「相澤姓」が多いようだ。新神明橋の庚申塔にも相澤の名が有る。
| 名前 |
大中村不動尊 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
〒246-0026 神奈川県横浜市瀬谷区阿久和南1丁目33−25 |
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26年1月18日(日)の訪問です。看板に再建とあるので、一度は壊れてしまったのだろう。しかし再建された事を思うと、地元民からの信仰は厚そうだ。