源義経の終焉地、義経堂へ!
高館義経堂の特徴
源義経終焉の地点として歴史愛好者に人気のスポットです。
松尾芭蕉が詠んだ有名な俳句が生まれた心象風景を楽しめます。
美しい北上川を見下ろす小高い丘に位置した静かな寺院です。
平泉に来たら、中尊寺ともう一ヶ所、義経最後の地を訪れないと。中尊寺から1km弱、高館義経堂駐車場にバイクを停め、坂道を登ると、右手に義経堂向かう階段があります。拝観料を支払い、階段とそれに連なる細い道の終点にひっそりと義経堂が建っています。ご本尊は義経公、非常に精密に作られ木像です。義経堂の横には源義経主従の供養塔、宝篋印塔があります。さらに、手前には資料館があり、義経公の生涯が良く判ります。この地で最後を迎えるに当たり、義経公の思い、最後まで忠誠を誓い従った弁慶他の忠臣の思いは、どのようなものだったのでしょう…?次は、入口へ戻らず、松尾芭蕉句碑へ。句碑のある場所から東を向くと、北上川と田園、奥にに秀峯・束稲山が聳え、長閑な景観が広がっています。松尾芭蕉が詠んだ句そのものの風景、芭蕉もこの風景を見たのでしょうか?歴史浪漫を掻き立てられ場所です。
源義経が好きでなければ正直、300円払って観るほどではないと個人的には思います。お墓がある訳でもなく、後世になって作られた供養塔なだけだし。無料駐車場があるだけ良心的ではありますが。あと、御朱印は書き置きのみ。
個人的には平泉で1番好きな場所になりました。ここからの景色を見渡すと、芭蕉の俳句(夏草や〜)が身に染みますし、弁慶が敵を義経から遠ざけるために、ここから降りて行った様子も十分に想像できます。お堂にはおみくじがあって、義経のおまもり刀も入っています。
平泉文化遺産センターを出て、高館義経堂へ。坂を下り、県道を越えJRを越えてまた坂を登り到着です。車の方は、坂の下に駐車場があります。拝観受付の所まで、自転車で上がって来てしまってから路肩に停めました。中尊寺の近くですが、毛越寺の境外堂なのだそう。拝観受付を済ませて階段を上ります、左側へ進み小さな資料館があり、更に上への階段を昇るとまた小さなお堂があります。源義経終焉の地との事ですが、実際にはどこに居館があったのですかね。お堂のある場所は、後世義経を慕う人々が建立したものでしょうから。眼下に北上川が見える景色の良い所、あの北上川を使って北へ逃げた妄想も浮かびたくなりますかな。
高館義経堂と書いて(たかだち ぎけいどう)と読みます。JR「平泉駅」から徒歩18分ほど。毛越寺からだと徒歩19分ほど。中尊寺からだと徒歩9分ほどです。車の方は、東北自動車道「一関IC」からだと平泉バイパス経由で車で17分ほど。東北縦貫自動車道「平泉・前沢IC」から車で13分ほど。「平泉スマートIC(ETC限定)」から車で12分ほどです。そんなに大きくはありませんが無料の駐車場が併設されています。源義経の最期の地」として知られており、また、元禄2年(1689年)には松尾芭蕉一行が来訪し、有名な「夏草や 兵どもが 夢の跡」の句を詠んだとわれています。どうやら現在は、毛越寺の飛び地境内という位置づけのようです。小高い場所にあり20段ほど階段を上っていくと、眼下には北上川、向こうには束稲山(たばしねやま 別名東山)が望める見晴らしがよい場所です。なるほど松尾芭蕉が「夏草や 兵どもが 夢の跡」の句を詠むのも納得のロケーションと言えます。尚、おみくじ(300円)をひくと、中には参拝記念の護身刀がはいっており、かっこいいです!ぜひ、お土産の一つに加えてみてはいかがでしょうか。施設概要は以下の通りです。(2024年8月現在)大人(高校生以上)300円、小・中学生100円御朱印料:1200円(紺紙御朱印)
異母兄.頼朝に詰められ妻子と共に自害.31歳の短い生涯を閉じた源義経終焉の地…兄弟関係❌悪化した一回り違いの歳の差の兄から影響力絶大の平泉に秘匿してくれた平泉藤原3代秀衡 その嫡男の4代泰衡から急襲🔥焼き討ち⚔️にあった時の思いは計り知れないものがあります😭 小高い丘の上にはおよそ500年後の1683(天和3)年 仙台藩主4代伊達綱村公が義経を偲んで建立した「義経堂」 松尾芭蕉が訪れたのは6年後の1689(元禄2)年 「おくの細道」の折り返し地点である平泉にて栄枯盛衰や頼朝公を偲び 名句「夏草や 兵共が 夢の跡」を詠みました‼️ 入山料300円 🅿️🚗🆓20台 🚴♂️🚶は丘陵なのでマイペースでどうぞ。
私が歴史上もっとも尊敬している武将、「源義経」最後の地という事で埼玉より車で行きました。無料駐車場は歩いて1分ほどのところにある。入場料は300円。義経好きにはたまらない資料館やその昔義経や弁慶が見たであろう展望景色を見ることができる。藤原氏の中尊寺と比べるとひっそりこじんまりとしているが、義経好きであれば豪華な中尊寺よりここに行く方が価値があるとわかるはず。平氏を倒し新しい時代を作ったが朝廷に利用され兄頼朝の策略で非業の最後をとげた義経。当時、無念の思いはどれだけだっただろう。
素人目では何もない所だが平泉駅、中尊寺からすぐに来れる場所にも関わらず眺めが良い。北上川と田園風景の広々とした風景を眺められる。整備は大してされてない場所。入山(?)料300円。個人的には良かった。
義経がこの地で果て、芭蕉がこの場所で詠んだあまりにも有名な俳句。同じ景色を見れて非常に感慨深いものがありました。入口で御朱印も書いていただけます。
| 名前 |
高館義経堂 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0191-46-3300 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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今回の平泉訪問で僕の一番来たかった場所『高館義経堂』です。高館義経堂は、源義経が兄・頼朝に追われ、最期を迎えたと伝えられる地です。この地は「判官館(ほうがんだて)」とも呼ばれ、奥州藤原氏の居館の一部でした。文治5年(1189年)、藤原泰衡に襲われた義経は、妻子とともに自害したとされています。高館の頂上にある義経堂は、義経を慕う人々によって祀られてきました。現在のお堂は、天和3年(1683年)に仙台藩主の伊達綱村が建立したものです。堂内には、甲冑姿で凛々しい義経の木像が安置されています。この場所は、歴史的な悲劇の舞台であるとともに、北上川と衣川の合流点を見下ろす景勝地でもあります。江戸時代には松尾芭蕉がこの地を訪れ、「夏草や 兵どもが 夢の跡」の名句を詠みました。この句碑は現在も堂のそばにあり、訪れる人々に平泉の栄華と義経の悲運を伝えています。高館義経堂は、義経の終焉の地として、また多くの旅人や文人墨客が思いを馳せた場所として、今もなお多くの人々が訪れる歴史的な名所となっています。