武田信玄誕生の地、心洗う湧き水。
積翠寺の特徴
武田信玄が生まれたお寺で、歴史を感じる場所です。
信玄公誕生の地にある産湯井戸が魅力的です。
甲府盆地を望む高台に位置し、空気が美味しいです。
要害山に登ったあとで立ち寄りました。正面の石段を進むと本堂になります。山に囲まれていていい雰囲気です。左奥には武田不動尊信玄公像毘沙門天堂という小型の蔵のような建物があり、中には信玄さんが鎮座していました。
お寺の裏に武田信玄が生まれた時の産湯に使われた井戸があります。
積翠寺は武田信玄公誕生の地と言われています(その他に、積翠寺のすぐ近くの要害山城という説もあり)。永正18年(1521年)、信玄公の父・武田信虎公は今川氏の侵攻を受け敗北します。信虎公は甲府まで撤退することになり、臨月だった正室・大井夫人は甲府の躑躅ヶ崎館から要害山城に避難し、そこで信玄公を産んだと言われています。その後、信虎公が劣勢を跳ね返し決戦に勝利。その直後に生まれた信玄公はその勝利にちなんで「勝千代」と名付けられます。安全が確保された大井夫人は、産まれたばかりの信玄公を連れて積翠寺から躑躅ヶ崎館に戻ったとの記録があります。現在の積翠寺は甲府駅からバスが1日3便しか出ておらず、なおかつ観光客には利用しにくい時間です。自分の場合は、行きはずっと登りになるためバスで向かい、帰りは武田神社まで歩いて降りました。30分程だったと思います。信玄公の時代は都から人を呼んで歌会などが開かれたようですが、躑躅ヶ崎館から積翠寺まで上がるのは相当大変だったろうなと思いました。境内は人の気配はありませんが荒れているという程ではなく、草木も綺麗に整備されていました。ただし説明板はかなり年季が入って錆びついています。本堂裏手には信玄公の産湯に使われた井戸が遺されており、今でも水が湧き出ていました。信玄公の像を納めた不動堂があるとのことでしたが、堂は取り壊されて工事中でした。建て替えの途中ではないかと思われます。
2024/9/2この先にある仏沢城の攻城に失敗し、癒されるために近くのお寺に寄ってみたのがこの寺でした。こちらは武田信玄公生誕のお寺だそうです。ここを下ったところにある武田神社には多くの人が訪れ綺麗に維持されてるのにこちらは荒廃した雰囲気が漂いその違いに驚きました。こういう雰囲気も嫌いではないですが。
令和6年11月13日昼頃と15日午前に訪問。本堂は観れませんでしたので外から手を合わせて頂きました。隣りに家らしきものがあったので御朱印を聞こうと思いチャイム鳴らしましたが応答無し、無人のお寺さんなのかも?左隣にお堂があり信玄公の坐像がありました。普段扉開けっぱなしなのか中は落ち葉だらけでした。信玄公生誕のお寺さんです。
武田信玄が生まれたとされるお寺です。少し荒廃してしまっている雰囲気もあります。駐車場は本堂横の砂利のところと思って、駐車しました🚗参道松の木が立派でした!
信玄の産湯井戸のある庭園は本殿裏にありますが、看板も小さくて見えづらいので、気づかない人は多そうです。あまり観光地化させるいはないんだようなと思いました。
バス停からかなり歩きます。また本数も3本しかないのでバスで行くときは要注意です。お寺自体ももう少し整備して参拝客を増やしても良さそうな気がします。
なんか心が洗われます♡♡一気に厄が落ちた感じがあります♡とても空気が美味しかったです!
| 名前 |
積翠寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
055-252-6158 |
| HP | |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
|
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山梨県にある『積翠寺』(せきすいじ)は、武田信玄が生まれた場所として知られています。大永元年(1521年)に武田信虎の夫人が戦火を避けて、この寺で信玄を産んだと伝えられています。境内には産湯の井戸や産湯天神が残っており、信玄ゆかりの地として知られています。積翠寺と武田信玄の関係⦿誕生地:積翠寺は武田信玄が生まれた場所とされています。⦿産湯の井戸:境内には産湯を汲んだとされる井戸が残っており、信玄が生まれたことを示す史跡となっています。⦿産湯天神:産湯の井戸の近くには、産湯天神が祀られています。⦿和漢連句の会:1546年7月には、信玄が積翠寺で和漢連句の会を開いた記録が残っています。⦿信玄の生誕地:信玄の生誕地として積翠寺は地元の人々から親しまれれています。