官修墓地入口、島茶屋横の坂道。
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| 名前 |
長州藩官修墓地 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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久保山墓地を歩いていると、島茶屋の横の坂道の途中(区画K06)に「官修墓地入口」と書かれた案内板が見えてきます。そこから小さな階段を登ると、「長州藩官修墓地」があります。ここには、戊辰戦争の際に横浜・野毛山に設けられた軍陣病院で亡くなった長州藩士7名と、その妻1名が眠っています。明治7年(1874年)に共葬墓地として整備され、大聖院の墓地から改葬された方々もいるそうです。「官修墓地」とは、明治政府が官費で管理・修繕を行っていた戦没者の墓地のこと。久保山墓地内には、この長州藩のほか、土佐藩の官修墓地もあり、明治初期の歴史を感じさせます。横浜の近代史の中でも、戊辰戦争に関わる人々をしのぶことができる貴重な場所です。静かな環境の中で、当時の歴史に思いを馳せるひとときを過ごせます。