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四国遍路280回という前人未到の巡拝度数を記録し、道標石建立230余基といわれる中務茂兵衛さん。22歳のとき、故郷を捨てて遍路に身を投じたとされている。村娘との結婚に反対されて、柳井の遊郭に入り浸るようになった。そこの遊女から、遍路や弘法の話を聞いたことが遍路に出た主な原因といわれている。 遍路行は78歳280回まで続いた。47歳の121度目から71歳の259度目まで、24年間で140回ほどであるが、年6回ほどの四国遍路行のペースは少しも落ちていない。70歳を過ぎると、年3~4回とペースはダウンするが、なおも遍路を続けた。そして最後の78歳280度目は6か月余りかかって、長尾寺と結願の大窪寺を目前にして、56年にわたる遍路生涯の幕を下ろして大往生を遂げた。大正11年(1922年)3月であった。