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書にどのように紹介されているのか調べてみる。書にどのように紹介されているかを調べる。❶【参考 木屋平村史 1971年】樫原 八幡神社(1971年の書によるもので、現在ではない)[祭神] 応神天皇・神社の勧請は江戸時代以前といわれるが確証はない、とある。下竹夏五郎(明治3年)の談によると、子供の頃老人から聞いたところでは、神社は現在地より東方5町ほどの「馬場の窪」という3反くらいの畑の中にあった。氏子の間で、理由は解らないが、遷宮の話が起こって、現在の地に遷宮したという。([遷宮の地の決定のはなし]参照)・お的の神事は弓を射る人6名、矢拾いがこども2名つく。本樫原・向樫原を含めて当屋を順送りにしてきめている、とある。[遷宮の地の決定のはなし]遷宮の位置決定には、「太鼓を転がして、泊まった場所にする」ということで、太鼓を転がした、という。太鼓は西方の傾斜地を転がって、3町ほど転がって畑の下端に止まったという。止まった所に重さ150㎏程の石があり「太鼓止まり石」と現在でも呼ばれている、とある。「ここにお宮をつくられては畑が作られないので生活に困る」という理由でさらに太鼓を転がしたところ、3町ほど転がり谷まで転がった、という。谷では境内にならないので1町ほど上方の現在地に遷宮したという。一番古い棟札の延寶5年(1677年)に「再興」とあるので、この遷宮の頃の棟札なのかもしれない、とある。[鎮座地] 木屋平村字貢136[祭日] 旧6月11日 旧正月16日[神事] お的の神事(正月16日)