松江の風を感じる扁額。
スポンサードリンク
スポンサードリンク
スポンサードリンク
| 名前 |
従四位松平定安謹書扁額 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
スポンサードリンク
周辺のオススメ
スポンサードリンク
スポンサードリンク
「松江市:従四位松平定安謹書扁額」2025年10月にバイクツーリングで立ち寄りました。松平定安(さだやす)が書したと伝わる扁額です。松平定安は幕末から明治初期にかけての人物で、書に優れた才能を持ち、礼節を重んじたことで知られます。津山藩主 松平斉孝 の七男として誕生。松江藩(越前松平家)の第10代藩主となります。藩政改革として西洋化をすすめ、文久2年(1862年)には藩校や西洋式学校を創設し、砲術・西洋医術の導入、さらに留学生派遣を行っています。米国から軍艦「八雲丸」を購入し、藩の海軍的な装備も整えようとしました。また、任期中には隠岐騒動にも悩まされました。幕末の慶応4年、松江藩が実効支配していた隠岐国で発生した騒動です。隠岐島民が松江藩の郡代を追放し、80日間にわたる自治を行ったものです。後に鎮圧されます。扁額には力強くも品位ある筆致が見られ、藩主家の教養と美意識を今に伝えています。当時の武家文化の香りを残す貴重な書跡です。