昭和29年建立の本堂で、特別なひとときを!
従四位松平定安謹書扁額の特徴
昭和29年建立の本堂が印象的です。
バイクツーリングの途中に最適なスポットです。
従四位松平定安の扁額が見どころです。
「松江市:従四位松平定安謹書扁額」2025年10月にバイクツーリングで立ち寄りました。松平定安(さだやす)が書したと伝わる扁額です。松平定安は幕末から明治初期にかけての人物で、書に優れた才能を持ち、礼節を重んじたことで知られます。津山藩主 松平斉孝 の七男として誕生。松江藩(越前松平家)の第10代藩主となります。藩政改革として西洋化をすすめ、文久2年(1862年)には藩校や西洋式学校を創設し、砲術・西洋医術の導入、さらに留学生派遣を行っています。米国から軍艦「八雲丸」を購入し、藩の海軍的な装備も整えようとしました。また、任期中には隠岐騒動にも悩まされました。幕末の慶応4年、松江藩が実効支配していた隠岐国で発生した騒動です。隠岐島民が松江藩の郡代を追放し、80日間にわたる自治を行ったものです。後に鎮圧されます。扁額には力強くも品位ある筆致が見られ、藩主家の教養と美意識を今に伝えています。当時の武家文化の香りを残す貴重な書跡です。
| 名前 |
従四位松平定安謹書扁額 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.7 |
| 住所 |
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昭和29年に建立された本堂にあります。ご本尊の阿弥陀如来像は初代藩主松平直政公が月照院の冥福を祈って造立したものです。堂内には狩野永雲筆の十六羅漢が掲げられ、外の額には十代藩主松平定安公の筆が残されています。松平定安(1835~1882)は松江藩最後の藩主です。